• 【好投手列伝】大阪府篇記憶に残る平成の名投手 3/5

    2021年02月26日

    亀井義行(上宮太子→巨人)

    亀井善行(上宮太子→巨人) 上宮太子…:打ったエース、投げた強打者 ...

    創部わずか2年のチームを甲子園に導いた本格派右腕。今や巨人軍きっての勝負強い打者となった亀井だが、高校時代はバリバリのプロ注目右腕だった。真っ向から投げ下ろす最速145キロのストレートを武器に秋の大阪大会、近畿大会を勝ち上がり選抜出場権をゲット。好捕手・箸尾谷とのバッテリーは打線でも中軸を形成し、投打にチームを引っ張った。

    しかし、1回戦で引いたのは初戦で負けないことで有名な強豪・明徳義塾。序盤から守備のミスが絡んで失点を重ねると、中盤以降は相手の4番清水に決定打を浴びて終わってみれば3-9と完敗を喫した。清水には4打数4安打を浴び、亀井にとってはほろ苦い結果となった。

    プロ 野球 ハイライト 2000 第72回 選抜ハイライト 明徳義塾VS上宮太子 – YouTube

    朝井秀樹(PL学園→近鉄)

    桑田2世!朝井秀樹投手!東北楽天ゴールデンイーグルス! | 頑張れ ...

    桑田2世の呼び声が高かったPL学園の好投手は数多くいたが、2000年の2年生エース朝井が最も近い存在だったのではないだろうか。桑田と同様にストレートとカーブのみで勝負するスタイルで激戦の大阪大会を勝ち抜き、準々決勝からは上宮、北陽、履正社と強豪校を次々にロースコアの接戦で退けた。イニング数とほぼ同じ数の三振を奪い、同じく2年生の4番今江(ロッテ)とともにチームを牽引した。

    甲子園では初戦でID野球の札幌南に得点を許さず、7-0で快勝すると、2回戦では明徳義塾との強豪校対決に。1998年選抜のリベンジに燃える、6季連続出場中の常連校を相手に、序盤から集中打で味方が得点をたたき出すと、朝井がレフト席に豪快な3ランを放って勝負あり。明徳打線を9安打4失点で完投し、桑田バリの投げて打っての活躍で勝利を手にした。

    しかし、3回戦ではこの大会優勝した智辯和歌山に4ホームランを浴びて7-11と完敗。朝井はストレートもカーブも攻略され、3回5失点でマウンドを降りた。この敗戦の翌年は不祥事により最後の夏は戦わずして終了。この年を分岐点にPLが徐々に休部の道へと進んでいくこととなる。

    2000年夏 PL学園-明徳義塾(1) – YouTube

    野間口貴彦(関西創価→巨人)

    常総学院vs関西創価 2001年選抜 – 世界一の甲子園ブログ

    2001年の右投手で大会No.1だったのは、満場一致で関西創価・野間口だろう。秋の大阪大会を制し、近畿でも準優勝に輝いて、満を持して甲子園へ乗り込んだ。トリコロールのチームカラーも鮮やかに映える中、初戦では東北・高井(ヤクルト)との好投手対決に。3回のピンチで中軸を連続三振に切って取ると、終盤に四死球から自滅した高井をしり目に、要所を締める投球で8-1と快勝を収めた。

    その後も、水戸商、尽誠学園と当時をときめく強豪を撃破。野間口の武器は140キロ台中盤のストレートや落差のあるフォークボールもさることながら、勝負所での制球力が素晴らしく、ピンチの場面でコーナーにビシッと決める精神力・技術の前には準決勝で辛勝した常総・木内監督も脱帽であった。最後は名将のバスターからのサヨナラ打という奇襲の前に散ったが、優勝した常総学院を瀬戸際まで追い詰めた右腕に万雷の拍手が鳴り響いた。

    関西創価 野間口貴彦 延長11回サヨナラで尽誠を振り切る 坂口直樹 2001年高校野球 – YouTube

    村田透(大体大浪商→巨人)

    大体大浪商を牛島(ロッテ)-香川(南海)以来の甲子園へ導いた2年生エース。オールドファンも見守る中で、くじで引いたのはなんと開幕戦!しかも相手は近内、山崎、五味淵の強力クリーンナップを擁して隠れ優勝候補にも挙げられた二松学舎大付だった。

    しかし、村田は内角を強気に突く投球で強力打線に真っ向勝負を挑み、打線も序盤から4番松井の活躍などで相手エース森を攻略。村田は最終回に2ランを浴びて1点差に詰め寄られるも、後続を落ち着いて打ち取り、名門校に久々の甲子園1勝をもたらした。

    【1979年牛島―香川バッテリーで準優勝以来、23年ぶりに出場】2002 第74回選抜 1回戦 大体大浪商 vs 二松学舎大付 平成14年【出場校中No.1のチーム打率二松学舎大付相手に競り勝つ】 – YouTube

    吉見一起(金光大阪→中日)

    報徳学園・大谷(ロッテ)と並んで屈指の本格派右腕として注目された金光大阪・吉見。中日では制球力抜群の技巧派右腕のイメージが強かったが、高校時代は140キロ台のストレートとスライダーで勝負する本格派そのものの投球スタイルであった。

    しかし、奇しくも対戦相手は2000年選抜の上宮太子と同じく、常連校・明徳義塾に。またも大阪からの初出場校の前に立ちはだかった常連校は試合前の投球練習でスライダーが決まっていないことを見透かすと、徹底したストレート狙いで吉見を攻略。5回には2,3,4番が3塁打、3塁打、ホームランと一気呵成の攻めで7-1と突き放し、勝負あった。金光大阪は13安打を放つも拙攻もあって4点どまり。終盤追い上げるも、夏に全国制覇を果たすこととなる強豪を前に涙を飲んだ。

    辻内崇伸(大阪桐蔭→巨人)

    大阪桐蔭復活、というより大阪勢復活の足掛かりを作った左腕エース。2000年初頭にPL学園が衰退してから、大阪のチームは甲子園はおろか近畿大会でもなかなか結果の出ない年が続いていたが、4番平田(中日)とともに2005年の夏の甲子園に堂々優勝候補として乗り込んだ。

    初戦の春日部共栄戦こそ5回6失点でKOされたが、2回戦の藤代戦以降は復調。とくに藤代との試合では当時の大会タイ記録となる19三振を奪い、うなりを上げる高めのストレートを前に、相手打者のバットはことごとく空を切った。最後は準決勝で北の王者・駒大苫小牧の前に敗れたが、この年の4強が大阪のチームに大きく自信を取り戻させたことは間違いないだろう。

    ⚾【平成17年】大阪桐蔭 vs.藤代 【高校野球】 – YouTube

    中田翔(大阪桐蔭→日本ハム)

    中田翔(大阪桐蔭)2005、06年 第…:平成の夏「思い出甲子園」 写真 ...

    投手としては松坂クラス、打者としては清原クラスと言われた高校球界の逸材は、今でこそプロ野球界屈指のスラッガーに上り詰めたが、高校に入ったころは投手へのモチベーションの方が高かったようだ。2年先輩の辻内も感心したほどの器用さがあり、140キロ後半をマークする速球に加えて、6種類ほどの変化球を自在にコントロールでき、まさしく「勝てる投手」の要素を満たしていた。

    1年夏の甲子園でも春日部共栄の強力打線を相手に好リリーフを見せ、初戦突破に貢献。下級生のころの肘のけがで結果として打者としての道に目覚めることとなったが、今でも投手として順調に成長していればどうなっていたかと想像する高校野球ファンは少なくないはずだ。

    中田翔 甲子園 ホームラン&ピッチング – YouTube