蘇る名勝負

横浜VS大阪桐蔭 No.1 2006年夏選手権 1回戦

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王者横浜を撃破した2年生スラッガー

出場したプロ選手…中田翔(日本ハム)、岡田雅利(西武)、下水流昴(広島)、福田永将(中日)、佐藤賢治(ロッテ)、高浜卓也(ロッテ)

 

横浜

1 2 3 4 5 6 7 8 9
1 0 0 0 1 0 0 1 3 6
0 0 0 2 0 0 4 5 × 11

大阪桐蔭

大会前の抽選会でどよめきが起こった好カード。
おそらくここまでのどよめきは四年前の報徳学園―浦和学院のカード以来ではないだろうか。

 

ただ、戦力的には横浜の方が上だったと思われる。
全国的に見て駒大苫小牧と横浜の2校が抜けていると思われ、練習試合では田中将大(ヤンキース)を打って
3-2で勝っていた。神奈川大会では下位打線からでも長打を連発し、
決勝でも東海大相模のエース高山をあっという間にKOした。
スタメンからも福田(中日)、高浜(ロッテ)、下水流(広島)、佐藤(ロッテ)とプロ入りしたメンツに加え、
1番俊足の白井、選抜でホームランを放った岡田など錚々たるラインナップである。
投手も左腕3人(川角・浦川・西嶋)でつないで試合を作り、継投も自在。
まさに夏に勝ち上がれるタイプのチームであり、松坂以来の春夏連覇に向けて視界良好。

 

一方大阪桐蔭は府予選で中田翔(日本ハム)が4戦連続ホームランと爆発。選抜出場履正社の好サイドスロー魚谷からも一発を放った。中田をけがで欠いた投手陣もスライダーの切れの良い2年生左腕石田と3年生エース松原が交互に先発して勝ち抜いた。しかし、スタメンの大半を2年生が占め、まだまだ成長途上のチーム。強くなるのはこれからといった感じであった。

試合

試合は初回いきなり白井が足にデッドボールを受ける。出塁したが、ここで白井は足を痛め機動力を失ってしまったか。送った後、三番高浜の右中間ツーベースであっという間の先制点。しかし、この後問題のプレーが起こる。四番福田の場面で高浜が三塁への盗塁を行うもタッチアウト。走る場面ではなかったのだが、高浜は捕手の肩を見て走れると考えていた。しかし、実はここは大阪桐蔭の2年生キャッチャー岡田(西武)の作戦勝ち。試合前シートノックの送球でわざと緩めに送球し、油断を誘っていた。したたかな2年生である。

 

試合はその後横浜が押し気味に試合を進めるも、けん制タッチアウト・満塁からスクイズ失敗ダブルプレー・今度は満塁で四番に打たせたらショートゴロダブルプレーといったようになんともちぐはぐな攻め。大阪桐蔭の石田も好左腕ではあったが、横浜打線の力をもってすればもう少し点は取れていたと思う。一方守りについても横浜の方が大阪桐蔭の主砲中田を意識しすぎた様子。ショートフライに打ち取ったあたりも素晴らしい高さの飛球であり、打ち取ったにも関わらずプレッシャーをかけられていた。普段はひょうひょうとかわすピッチングが持ち味の川角なのだが、どこか力勝負を挑んでしまっている印象を受けた。

 

その結果、試合は2-2の膠着状態となり、7回裏まで進む。7回裏大阪桐蔭は疲れの見え始めた川角から1・2番の長打で勝ち越すと、中田を歩かせた1・2塁からチャンスに強い5番が右中間を破って追加点。その後は横浜の後手後手に回った継投を見透かすかのように謝敷中田のアベックホームランなどで11点を奪った。大量リードされて逆に肩の力が抜けたのか9回表に横浜が反撃。越前のホームランなどで3点を返すも時すでに遅し。横浜が初日で姿を消すという衝撃的な大会のスタートとなった。

まとめ

この試合結果もさることながら、試合内容に驚いた。松坂で優勝して以来、横浜の甲子園での試合はとてもしたたかで出ればほぼベスト8以上。負けてもなお強いといった印象を受けた。実際1998年~2006年までの間い横浜が甲子園で負けた試合を振り返っても横浜側にけが人などのアクシデントがあるかもしくは相手の力が横浜より上だったかといった内容であった。それがこの試合は自分たちより力が下の相手にミスを連発し、取りこぼすといった内容。

こんなちぐはぐな野球で敗れるのは久しぶりに見た気がした。そして、これ以降横浜は甲子園で格下と思われる相手にちぐはぐな野球で敗れることが増えてしまう。もちろん上位進出も何度かしているが、それまでの横浜には勝てないなと思わされてしまうような感じではなくなってしまった。そういう意味では一つの分岐点となるような試合だった気がする。

 

横浜甲子園戦績

1998年 春夏連覇

1999年春 PL学園と3季連続で対戦、初戦敗退

2000年夏 ベスト8 東海大浦安に敗退。高校名的には番狂わせかも知らないが、東海大浦安・浜名のピッチングが見事。シュート・スライダーを駆使したストライクゾーンを横幅いっぱいに使ったピッチングは圧巻。3安打1点に抑え込まれ、内容的には完敗。

2001年夏 ベスト4 優勝した日大三にサヨナラ負け。エース畠山が連投で先発できず、代わりに先発した福井が序盤から打ち込まれる。しかし、1-6からじりじりと追い上げ、福井も我慢強く日大三打線を抑える。すると九回に1年生の1番荒波(DeNA)のタイムリーなどでついに追いつき、あと一歩で逆転というところまで来た。最後はサヨナラ負けしたが、エースが先発できなくても日大三をここまで追い詰めた横浜は改めて強いと感じさせられた。

2003年春 準優勝 決勝で広陵に3-15と大敗。1番荒波(横浜DeNA)を骨折で欠き、エース成瀬(ヤクルト)は爪がはがれ本調子ではなく先発できなかった。飛車角抜きでの戦いを強いられ、先発涌井(ロッテ)も打ち込まれて完敗となってしまった。

2004年夏 ベスト8 優勝した駒大苫小牧に1-6で敗戦。この試合はもう涌井がスタミナ切れで限界であった。神奈川大会から連投に次ぐ連投。強豪の集うブロックを引いてしまい、ほかのピッチャーに代えたくても代えられない。球がことごとく高めに浮き、7回14安打6失点と打ち込まれてしまった。

 

2006年春 優勝  強打と3人に左腕の余裕を持った継投で優勝。準々決勝以降の対戦相手が一人エースでスタミナ切れしてマウンドを降りるのをしり目に大差で勝利した。

 

2006年夏 上記の通り

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