• 大坂桐蔭の前に立ちはだかった好投手列伝 2/3

    2022年01月06日

    平成に入ってからの出場だけで、春夏合わせて全国制覇8回、64勝14敗の勝率8割2分と圧倒的な成績を残す大阪桐蔭。プロ野球選手も多数輩出し、今や最強のチームと言っても過言ではない存在となっている。だからこそ、そんな大阪桐蔭に対して甲子園で勝利を収めた投手は、錚々たる面々が顔を並べている。今回は、その好投手を順にご紹介したい。

    大坂桐蔭の前に立ちはだかった好投手列伝 1/3 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

    大坂桐蔭の前に立ちはだかった好投手列伝 3/3 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

    2007年選抜 準々決勝 常葉菊川 2-1 大阪桐蔭

    常葉菊川

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    0 0 0 0 0 0 0 1 1 2
    0 0 0 0 0 1 0 0 0 1

    大坂桐蔭

    田中健太郎(常葉菊川→DeNA)

    夏の甲子園プレーバック】春夏連覇の夢破れたDeNA 田中健二朗 ...

    前年の夏の出場メンバーから、主砲・中田(巨人)を筆頭に左腕・石田、捕手・岡田(西武)、主将・丸山に強打の山口継、堀、那賀と大半が残り、この年の大阪桐蔭が全国の有力校が注目する存在であった。秋季近畿大会では中田が170メートル級のホームランを放つなど、苦手の内角打ちも克服して大暴れ。決勝では報徳学園・近田(ソフトバンク)に抑え込まれたが、打線のポテンシャルの高さは他の追随を許さないものがあった。

    選抜では初戦で前年選抜8強の日本文理と対戦。肘の故障から復活した中田が1安打ピッチングを見せれば、打線も好投手・栗山から着実に得点を重ね、終わってみれば7-0と完勝で初戦突破を果たした。続く2回戦では中田の打棒が爆発。佐野日大の2年生エース出井から2打席連続ホームランを放ち、11-8と豪快に打ち勝ってベスト8進出を決めた。

    これに対して、常葉菊川は浜松商で優勝経験のある磯部監督から森下監督にバトンタッチし、田中(DeNA)、戸狩の左腕2人とバントをしない強力打線で秋季東海大会を制覇。続く神宮大会でも好左腕・浅沼(ソフトバンク)のいる旭川南に快勝して4強入りときっちり結果を残した。

    本大会ではいきなり大会No.1の速球派右腕・佐藤由(楽天)を擁する仙台育英との強豪対決に。佐藤のスライダーが甘くなったスキを逃さずに集中打で2点を奪うと、田中も角度のある速球を武器に1失点にまとめて逃げ切り勝ち。これが常葉菊川の甲子園初勝利であった。

    続く2回戦ではこれまた好投手・熊代(西武)を擁する今治西との対戦となったが、田中のストレートのキレは素晴らしく17奪三振を奪って完封勝ち。打線も中盤に集中打で一挙6点を奪い、終わってみれば10-0と強豪を全く寄せ付けずに、ベスト8進出を決めた。

    大阪桐蔭の2回戦が終わった後、ネット裏の高校野球ファンは「大阪桐蔭はあんな大味な試合をしていたら次の相手(常葉菊川or今治西)に食われるぞ」と言われていたが、果たして試合はその通り一進一退の攻防にもつれ込む。

    常葉菊川は先発・田中が臆することなく中田のインサイドを突き、大阪桐蔭打線を寸断すれば、大阪桐蔭も復活した先発・中田が豊富な球種を駆使した完成度の高い投球で踏ん張る。

    6回に大阪桐蔭は5番堀のタイムリーで1点を先制するが、終盤8回に田中の3塁打を足掛かりに常葉菊川が同点に追いつく。8回裏に大阪桐蔭は一打勝ち越しの場面で中田を迎えるが、田中のインサイドの速球をとらえた打球はもうひと伸び足りずにレフトフライに。最終回に捕手・石岡の決勝打で勝ち越した常葉菊川が田中の1失点完投勝ちで接戦を制し、優勝へ向けて大きな関門を突破した。

    その後、常葉菊川は九州王者の熊本工、好投手・森田を擁した大垣日大を下し、初優勝を達成。2人の好左腕を擁した高い投手力と強気な攻撃スタイルで新たな強豪の誕生を予感させた。一方、大阪桐蔭は最後の夏は金光大阪・植松(ロッテ)に打線が封じられて3-4と大阪決勝で惜敗。他校もうらやむタレントが並んだチームだったが、最後は甲子園に届かなかった。

    【好投手列伝】静岡県篇記憶に残る平成の名投手 2/2 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

    常葉菊川vs大阪桐蔭 2007年選抜 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

     

    2010年選抜 2回戦 大垣日大 6-2 大阪桐蔭

    大坂桐蔭

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    0 0 0 0 0 0 0 1 1 2
    0 2 0 2 0 1 0 1 × 6

    大垣日大

    葛西侑哉(大垣日大)

    2009年は春夏ともに甲子園を逃していた大阪桐蔭。特に秋の近畿大会準々決勝では、勝てば選抜が確定する金光大阪との雨中の大阪決戦にサヨナラ負けし、あまりにも悔しい敗退を喫していた。その当時1年生エースとして登板していた左腕・福本が成長した2010年世代は2年ぶりに甲子園を目指して走り出した。

    福本は球威やスピードの目立つ投手ではなかったが、キレとコントロール、そして緩急で巧みに抑え、勝ち上がっていく。前年に敗れた秋季近畿大会の準々決勝では育英打線に8安打を浴びながらも完封し、大きな壁を越えた。この年のチームは好捕手・江村(ロッテ)や小さな巧打者・山口など、玄人好みの好選手がそろい、バランスの取れたチームであった。

    甲子園初戦では好投手・長友を擁する東海大望洋と対戦。7番を打つ2年生の西田(阪神)が1人で5打点を挙げる活躍を見せ、エース福本の好投もあって9-2と完勝で初戦を突破した。

    その大阪桐蔭を迎え撃ったのが、神宮王者・大垣日大。エース左腕・葛西をはじめとしてスタメンの多くを2年生が占める若いチームだったが、東海大会をスイスイと勝ち進むと、神宮では嘉手納・今治西・東海大相模と強豪を次々退けて初優勝を達成した。3年前の選抜は希望枠の出場での快進撃だったが、今回は堂々優勝候補として甲子園に乗り込んだ。

    その初戦は21世紀枠の川島を相手に思わぬ苦戦を強いられるも、落ち着いた攻めで盛り返して最後は3-2のサヨナラ勝ち。葛西は左サイドハンドで独特の腕の振りをしており、コーナーにキレの速球・変化球を投じて試合を作った。完成度の高い投球を見せる葛西をはじめとして、この年の大垣日大は2年生主体ながら大人びた雰囲気を身にまとったチームであった。

    強豪同士の激突となった2回戦。試合は序盤から大垣日大ペースで進む。2回に大阪桐蔭の守備陣のミスも絡んで2点を先制すると、4回には8番時本の2ランで追加点を挙げる。福本はこの日はコントロールに苦しんでいたこともあったが、もともと球威のあるタイプではないだけに大垣日大打線のパワーに力負けした印象だった。

    葛西もこの日は1回戦以上の内容で好投。コーナーにビシバシ決まるボールの前に序盤は大阪桐蔭の各打者が全く手が出ない印象だった。大阪桐蔭打線も終盤に2点を返したが、試合の中での対応が遅れてしまい、結局大垣日大が6-2と完勝を収めた。

    大垣日大はその後、ベスト4までコマを進め、翌年も選抜に出場。2007年に春夏連続で上位に勝ちス進んでいたが、この時代の躍進で、全国の強豪として板についてきた印象だった。

    一方、敗れた大阪桐蔭は、夏は公立校の春日丘に2-5で敗戦。翌年も2年生エース藤浪(阪神)を擁して大阪大会決勝まで勝ち進むも、4点差をひっくり返されて逆転負けを喫した。2008年に優勝を果たした大阪桐蔭だったが、常勝の雰囲気をまといだしたのは、藤浪が最終学年になって春夏連覇を達成した2012年の代からであった。

    【好投手列伝】岐阜県篇記憶に残る平成の名投手  – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

     

    2013年選抜 3回戦 県岐阜商 5-4 大阪桐蔭

    県岐阜商

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    0 4 1 0 0 0 0 0 0 5
    2 0 1 0 1 0 0 0 0 4

    大坂桐蔭

    藤田凌司(県岐阜商)

    2012年にエース藤浪、2番手の右腕・澤田(オリックス)、主砲・田端など投打にタレントを揃えたチームで史上8校目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭。そのチームから捕手の森友哉(西武)、笠松・水谷の三遊間が残った新チームだったが、投手陣に絶対的な存在がおらず、大阪大会では履正社に、近畿大会では報徳学園に敗退していた報徳には0-8のコールド負け)。

    また、タイプの違う強打者が並んでいた前チームに対して、この年の代はツボにはまれば大きいがという右の長距離タイプが多く、破壊力はあるものの、ややもろさも感じるチームになっていた。ただ投手陣の柱として。右サイドの速球派・葛川が成長し、森とのコンビも良くなってきたことである程度投手陣に目処は立ってきていた。

    記念大会のため2回戦からの登場となった大阪桐蔭は、21世紀枠で初出場の遠軽と対戦。2番峯本のランニングホームランなどで先制点を奪った大阪桐蔭は自慢の打線が爆発して11得点を奪取。守っても、左腕・網本から葛川への継投で1失点に抑え、まずは無難に初戦を突破した。

    その大阪桐蔭との3回戦で激突したのが東海王者の県岐阜商。岐阜城北時代に選抜4強を経験した藤田監督が就任して名門校の復活に着手し、2009年夏にはPL学園・帝京を破って4強に進出。前年夏には監督の息子の藤田投手が2年生エースとして出場を果たした。新潟明訓の前に初戦敗退したが、貴重な経験を積んだ左腕がエースとして新チームを牽引。東海大会を制すると、神宮でも優勝した仙台育英を相手に8回終了まで2-2の接戦を演じ、自信を持って選抜に臨んだ。

    臨んだ大会では初戦で強豪・花咲徳栄と激突した。強打の捕手・若月(オリックス)、速球派右腕・関口など個々の能力の高いチームで、前年秋の埼玉県大会決勝ではのちに選抜優勝を果たす浦和学院を8-2と圧倒していた。しかし、県岐阜商はエース藤田がカーブを巧みに使って花咲徳栄打線を3失点完投し、打線も大技小技を絡めて8得点。完勝で初戦をものにした。

    実力伯仲の好勝負が予想されたが、試合前に大阪桐蔭は3番捕手の森友哉が怪我で離脱するアクシデントが発生。大阪桐蔭は初回からいきなり先制点を奪うが、県岐阜商は2回に集中打で一気に4点を奪って主導権を握った。エース藤田は中盤に打球を足に受けるアクシデントがあるも、懸命の投球でリードを守ると、最終回には一打同点の場面でセンターが好返球を見せてタッチアウト。3季連続優勝を狙った王者を見事に破って見せた。

    その後、藤田の怪我の影響もあって準々決勝では剛腕・安楽(楽天)を擁する済美に逆転負けを喫したが、上位から下位まで切れ目なくつながる打線とエースの力投で、全国制覇4回の強豪の底力を示した。一方、敗れた大阪桐蔭は12安打を放って再三塁上をにぎわすも4点どまり。代役捕手の久米は攻守に奮闘したが、やはり森の不在がチームに与えた影響は大きかったのだろう。ベスト8を前に近畿勢がすべて姿を消すこととなった。

    【好投手列伝】岐阜県篇記憶に残る平成の名投手  – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

    2013年春の選抜甲子園振り返りまとめ – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

     

    2013年夏 3回戦 明徳義塾 5-1 大阪桐蔭

    大坂桐蔭

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
    0 3 2 0 0 0 0 0 × 5

    明徳義塾

    岸潤一郎(明徳義塾→西武)

    選抜で県岐阜商に惜敗し、春季大阪大会でも履正社に秋に続いての敗戦を喫した大阪桐蔭。主将・森も打撃の調子を崩し、苦しいチーム状況が続いていた。ライバル履正社には東野、東、阪本と安定した左右の3投手がおり、例年なら大阪桐蔭の方が互角以上のチーム力を保っていたが、この世代に関しては長打力以外すべての面において履正社が上回っているように思えた。

    大阪大会が始まると、履正社がコールド勝ちの連続で勝ち上がったのに対して、大阪桐蔭は接戦の連続となる。特に準々決勝の上宮太子戦は8-6のシーソーゲームで、本当に危ない試合であった。ところが、この接戦の連続が大阪桐蔭に本来の粘り強さを与える。決勝では相手の先発・東野に9回までに150球以上を投げさせて打ち崩したのに対して、先発・葛川も一世一代の快投で1失点完投。戦前の予想を覆す戦いぶりで2年連続の代表切符をつかんだ。

    大阪大会決勝の戦いが自信を与えたか、初戦の日本文理戦では森・近田の連続ホームランなどで10-2と圧勝。続く2回戦の日川戦は最終回に守備のミスが絡んで同点に追いつかれる苦しい展開になったが、最終回に西谷監督得意のエンドランを駆使してサヨナラのチャンスメーク。最後は福森の渋いタイムリーが飛び出し、大会屈指の好ゲームを制した。

    その大阪桐蔭を待ち受けていたのは前年夏の準決勝で敗れた明徳義塾であった。当時1年生だった岸(西武)は投打の軸として期待されたが、右打者のインサイドへの制球が安定しないため、一時サイドスローに転向。これが奏功して制球力が増し、ストレートの質も高まってエースとして一本立ちを果たした。

    高知大会決勝では選抜出場の高知と延長12回に及ぶ激闘に。相手の主砲・法兼を敬遠策で封じ込めるなど、馬淵監督が策士ぶりを発揮し、最後は9番逸崎のサヨナラタイムリーが飛び出して名勝負を制した。

    リベンジを期す明徳義塾に対して、大阪桐蔭は初回に1番峯本の先頭打者ランニングホームランで先制。しかし、その後は森友哉の盗塁失敗や悪送球などが飛び出し、自ら流れを手放す形で同点に追いつかれる。

    大阪桐蔭を研究していた明徳は、桐蔭外野陣の浅めの守備位置を見切り、各打者が葛川の生命線のストレートをきっちり外野の頭の上まで運んで5点を奪う。森友哉のヒット性の打球もセカンドの深い守備位置でアウトに仕留めるなど、攻守で相手を上回った明徳が岸の1失点完投の好投で王者を下し、ベスト8へとコマを進めた。

    その後、準々決勝で日大山形とのシーソーゲームに敗れたが、この年は初戦で瀬戸内の好投手・山岡(オリックス)にも競り勝つなど、明徳らしさが存分に出た夏であった。小柄ながらも小回りが利いてなおかつパンチ力のある選手が並んでおり、走攻守にバランスの取れたこの世代は、馬淵監督をして「この年代で優勝できてたら非常に価値が高かったのになぁ」と言わしめた高校生らしい好チームであった。

    一方、春夏ともにベスト8を手前に強豪に屈した大阪桐蔭だったが、選抜とは違って夏はある程度やり切った充実感があった。一つ上の世代が偉大だったため、新チーム当初はなかなか苦しい時期を過ごしたが、産みの苦しみを経てチームはたくましさを増し、大阪代表の座をつかみ取った。主将・森を中心に苦しみながらも戦い抜いたこの世代の奮闘が、翌年の夏全国制覇につながったのは間違いないだろう。

    明徳義塾vs日大山形 2013年夏 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

    【好投手列伝】高知県篇記憶に残る平成の名投手 3/3 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

     

    2015年選抜 準決勝 敦賀気比 11-0 大阪桐蔭

    敦賀気比

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    4 6 0 0 0 0 0 1 0 11
    0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

    大坂桐蔭

    平沼翔太(敦賀気比→日本ハム)

    前年夏に4度目の全国制覇を達成した大阪桐蔭。秋季大会でコールド負けを喫しながらも、最後の夏は粘り強い戦いで接戦を次々とものにして勝ち上がった。しかし、その戦いを支えていた主将・中村、峯本、香月(ロッテ)、正隋(広島)、森晋といった強力な上位打線は全員3年生であり、新チームの野手で残ったのは福田(ロッテ)、青柳(DeNA)、藤井の3人のみであった。

    左腕エース田中が残っていたため、守りの面では安定した戦いができていたが、全国レベルの好投手と当たった時の打力は懸念されていた。秋季近畿大会では天理の左腕・森浦(広島)の前に2点に封じられ、2-3と惜敗。優勝でチーム作りが遅れたこともあって、冬場に新戦力の台頭が望まれた。

    その選抜では、初戦でいきなり東海大菅生のエース勝俣(オリックス)をKOし、8得点を奪う快勝劇でスタートすると、2回戦でも3年前の春夏決勝を戦った八戸学院光星を返り討ちに。1,2番を務める中山、永廣や8番吉澤といった2年生トリオが躍動し、戦力の底上げに成功。準々決勝の常総学院戦でも8番吉澤らの活躍で逆転勝ちし、史上5校目の夏春連覇へ乗ってきたイメージがあった。

    ただ、初戦以降4番青柳、5番藤井の主軸がやや調子を落としていたのは懸念材料であり、投手陣もエース田中におんぶにだっこ状態で例年のように安心して任される2番手投手がいないのも不安ではあった。

    その大阪桐蔭と前年夏に続いて準決勝でぶつかったのがエース平沼(西武)を擁する敦賀気比であった。前年夏は記録的な猛打で勝ち抜いた敦賀気比だったが、その戦いぶりを支えていたのは安定した制球力で試合を作る平沼の投球であった。その平沼に目を付けた西谷監督の指示で徹底してデータ班が癖を分析。速球と変化球でグラブの向きが変わる傾向をつかんだ大阪桐蔭打線は平沼を6回途中10失点でKOし、優勝への大きな関門を突破した。

    エース平沼に主将・篠原、巧打者・山本の3人がスタメンで残ったチームは、大阪桐蔭と同じく強力打線を支えた上級生の大半が抜け、エースを中心としたディフェンス型のチームへの移行を余儀なくされた。しかし、前年度の主将兼ショートの浅井から薫陶を受けた1年生ショート林中の台頭や平沼と新たにバッテリーを組んだ捕手・嘉門の成長でチーム力は順調に向上していった。

    その後、冬の練習試合禁止期間を経て選抜へ向けて準備を進めていた敦賀気比だったが、選抜を前に平沼が極度のスランプにあえぐことに。東監督の付きっ切りの指導の下で投球フォームも見直し、突貫工事で不調を乗り切ると選抜では一転して絶好調となる。

    初戦で奈良大付を1安打完封して快調なスタートを切ると、2回戦では神宮王者の仙台育英、準々決勝では強力クリーンアップの静岡にともに競り勝って4強に進む。平沼は持ち味のボール球をうまく振らせる投球で強力打線を誇る優勝候補2校を退けて見せた。2戦とも決勝打を放った新2年生・林中の活躍もあり、チーム力に手ごたえをつかんでの進撃だった。

    事実上の決勝とも言われた準決勝。しかし、試合は序盤で決した。1回に2アウト満塁から6番松本が満塁弾を放つと、2回にも2点を奪ってなお満塁で再び6番松本が打席に。初回に変化球をとらえた松本はインサイドの速球に狙いを絞り、引っ張ってとらえた打球は2打席連続の満塁弾となって10-0の大差をつけた。大量リードに守られた平沼は大阪桐蔭打線にわずか4安打しか許さずに完封勝ち。前年の屈辱を倍にして返す戦いぶりで初の決勝進出を決めた。

    決勝では東海大四・大沢との投手戦になるが、6番松本が8回に決勝2ランを放ち、前の試合から計3ホームラン10打点の活躍を見せる。最終回をきっちり抑えた平沼は見事優勝投手に輝くとともに、福井県に初の甲子園優勝をもたらしたのだった。

    一方、大阪桐蔭はエース田中が疲労から制球が乱れる結果に。キレとコントロールで抑えるタイプだけに厳しい内容となった。2回で10点のビハインドを跳ね返す力はさすがになく、大阪桐蔭史上初の完封負けで甲子園を後にした。

    【好投手列伝】福井県篇記憶に残る平成の名投手 3/3 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)