• 駒大苫小牧vs東洋大姫路 2006年夏

    北の王者を苦しめた伝統校

    2006年夏は大会前は駒大苫小牧と横浜の2強と思われていたが、大会初日に横浜が大阪桐蔭に敗れてしまう波乱の展開に。駒大苫小牧も戦いぶりは危うく、ベスト8が出そろった段階で優勝争いは混とんとしていた。そんな中、準々決勝第一試合で北の王者の前に、地元兵庫の伝統校・東洋大姫路が立ちはだかった。

    駒大苫小牧は中京商以来57年ぶりの3連覇を狙って本大会に出場。不祥事による選抜辞退も乗り越えての夏の大舞台だったが、監督不在でチームの仕上がりが遅れた感は否めなかった。特に、エース田中将大(楽天)がウイルス性胃腸炎の影響でなかなか調子が上がらず、スライダーを曲げようとするあまり、投球フォームが横回転になる癖が出ていた。

    そんな状況の中で迎えた本戦では初戦の南陽工戦は6四死球を与える苦しい内容に。先発を回避した3回戦の青森山田戦では打線が、1-7から試合をひっくり返すという勢いに乗りそうな勝利をものにしたが、エースの状態を考えると今後の戦いに不安があることは否めなかった。

    対する東洋大姫路は5年ぶりに激戦の兵庫を勝ち上がっての出場。県大会決勝では選抜8強の神港学園を相手に逆転サヨナラ勝ちを収め、劇的な勝ち方で代表切符をつかみ取った。(日本ハム)、飛石という左腕の2枚看板はともに安定感があり、打線も例年以上にパワフル。

    特に3番林崎(日本ハム)は3回戦の桐生第一戦でホームランを放つなどパンチ力のある打者で、そこに加えて東洋大姫路らしい犠打も絡めた手堅い攻撃で得点を重ねてきた。優勝経験もある地元の名門校が打倒王者に向けて虎視眈々と牙を研いでいた。

    中盤の集中打で劣勢をひっくり返した

    2006年夏準々決勝

    東洋大姫路

    1 2 3 4 5 6 7 8 9
    2 0 0 2 0 0 0 0 0 4
    0 0 0 0 0 4 1 0 × 5

    駒大苫小牧

    東洋大姫路 飛石→乾

    駒大苫小牧 田中

    駒大苫小牧は2戦ぶりにエース田中が先発。しかし、立ち上がりに先頭の1番吉川に出塁を許すと、犠打で1アウト2塁となって打席には3番林崎を迎える。打倒田中に自信を見せていた屈指の好打者はインサイド甘めのストレートを完ぺきにとらえると、打球はレフトスタンドへ飛び込む2ランとなって東洋大姫路が2点を先制する。スライダーにいまいち自信が持てなかったのか、勝負球に選んだストレートを打たれ、立ち上がりからエースに苦い表情が浮かぶ。

    その裏、駒大苫小牧も2アウト1,3塁とチャンスを迎えるが、先発の飛石が1塁ランナーの本間のリードが大きいのを逃さず、けん制タッチアウトに仕留め、ピンチを脱出する。駒大苫小牧にとっては実に嫌な流れで初回を終えてしまう。

    勢いを得た東洋大姫路は4回表、ランナーを2塁においてセカンドゴロを相手のセカンド山口が悪送球する間に1点を追加。さらに続く9番の飛石田中の投球の軸となるストレートをとらえて左中間を深々と破り、4-0。東洋大姫路・飛石の安定した投球内容の前に駒大苫小牧は序盤わずか1安打に抑え込まれ、さしもの王者も危ないかという空気が球場に立ち込めていた…

    しかし、3回戦で6点差をひっくり返し、不祥事も乗り越えてきた駒苫ナインには逆境を跳ね返す精神力があった。6回裏、1アウトから四球でランナーが出ると、それまで苦しんでいた飛石の低めの変化球を見定められるようになる。3回戦でサヨナラ打の1番三谷がエンドランで続くと、2番三木、3番中沢、4番本間と一気の4連打で4点あったビハインドを追いつき、試合を振り出しに戻す。

    前年の鳴門工戦、大阪桐蔭戦、そしてこの年の青森山田戦と駒大苫小牧のチャンスでの集中力は目を見張るものがある、それだけ一球に集中したプレーと何よりも負けてたまるかという気持ちの強さがナインに宿っていた。

    これで逆に勢いに乗った駒大苫小牧は2番手で登板した姫路のエースに対しても。7回裏に2アウト3塁とチャンスを作ると、先ほどヒットを放っていた三谷が勝ち越しの内野安打を放つ。サヨナラ打を放って乗っていた男は打順が一番に上がっても見事に指揮官の起用に応えて見せた。

    追いかける展開となった東洋大姫路だが、8回にも満塁のチャンスを作るなど、本調子でない田中を攻めつける。9回表にはここまで2安打の林崎が高めのストレートをライトオーバーにはじき返し、2アウト3塁とチャンスを作った。しかし、最後は兵庫大会でサヨナラ打を放った5番柏原が打ち取られてゲームセット。駒大苫小牧が2試合連続で接戦をものにして3年連続のベスト4進出を決めた。

    まとめ

    駒大苫小牧はその後、準決勝では強打の智辯和歌山を田中が抑えこんで決勝に進出。決勝では早稲田実との引き分け再試合に敗れたものの、この3年間の戦いぶりはそれまで優勝経験のなかった北海道にとって非常にセンセーショナルなものであった。厳しい競争意識、勝負所での集中力はもちろんのこと、徹底したカバーリングや走塁の意識も含め、その後の北海道の高校野球指導者に与えた影響は絶大だった。まさに勝てる野球への道しるべを築いた存在と言えるだろう。

    対する東洋大姫路も出場してきた時はさすがの強さを見せた。2001年夏から2011年まで5大会連続で出場して2勝以上を挙げており、堅守をベースにした手堅い野球は今の時代でも通用することを示しているだろう。4点のリードを守れなかったが、それまでの戦いぶりは十分王者を慌てさせるものであった。2011年を最後に甲子園から遠ざかってはいるものの、再び戻ってくることを待ち望むオールドファンは多いはずだ。

    ⚾【平成18年】駒大苫小牧 vs.東洋大姫路【高校野球】 – YouTube