熊本工vs千葉経大付 2007年選抜

2007年

スピードスター、躍動の春

中田翔(巨人)擁する大阪桐蔭がV候補として注目された2007年の選抜大会。しかし、投手力にやや不安を抱えていたこともあって絶対的な優勝候補とは言い難く、北から仙台育英、帝京、常葉菊川、報徳学園、広陵、関西、今治西、高知と有力校が乱立している状況であった。

そんな有力校の中に同じように名を連ねていた、千葉経大付と熊本工が2回戦で激突。ともに前年夏の甲子園出場メンバーが多数残っており、それぞれ地区大会で優勝を飾っている両チーム。前年の神宮大会では一度対戦しており(8-2で千葉経大付が勝利)、互いに手の内も知る強豪同士がベスト8をかけてぶつかった。

熊本工は前年夏まで3年連続で甲子園に出場。2000年付近は九州学院など県内のライバルの後塵を拝していたが、ここにきて復活の気配を見せていた。

前年夏はチーム打率4割越えの強力打線を引っ提げ、初戦で三重の剛腕・梅村(オリックス)を相手に6得点を奪って攻略。ヘルメットを目深にかぶり、高めのボールになるストレートに手を出さずに四死球を奪うなど、ただ打つだけではない攻撃の総合力の高さが光った。2回戦では天理との強豪対決も制し、ベスト16に進出。攻撃的な野球で熊工らしさを出せた戦いであった。

そのチームで2番を務めていた俊足の藤村(巨人)が新チームでは不動のトップバッターに定着。2番加久との俊足コンビで相手守備陣をかき回して中軸に回し、九州大会ではすべての試合で大量得点をマークした。藤村は50メートル5秒台の俊足もさることながら、ベースの駆け抜け方をよくわかっている選手であり、相手守備陣にこれ以上ないプレッシャーをかけられる選手であった。

また、投げては技巧派左腕・隈部が成長。打たれ強さには定評があったが、最終学年になってボールのキレが増し、ストレートとスライダーのコンビネーションで試合を作る能力に優れていた。

1回戦では前年秋の近畿大会で初戦敗退ながらも、好投手・吉本を擁して戦力は充実している県和歌山商と対戦。序盤から先手を許す苦しい展開になったが、中盤に1番藤村、2番加久、3番今村の鉄板ラインが連打を放って逆転に成功。相手バッテリーを機動力で揺さぶって、長打でねじ伏せるという力強い攻撃とエース隈部の粘投で初戦をものにした。

熊本工vs天理 2006年夏 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

一方、千葉経大付は2004年夏に松本監督と息子の松本啓(横浜)の親子鷹で甲子園に初出場。2回戦でエース松本が完封勝利を飾れば、3回戦ではV候補筆頭だったダルビッシュ有(パドレス)の東北との死闘を制するなど、ベスト4に進出する快進撃を見せた。

練習中にメモを取って考える時間を設けたり、相手の攻撃陣を研究して大胆なポジショニングを引いたりと、桜美林で優勝投手の経験がある松本監督のクレバーな指導が着実に浸透。関東有数の強豪へと階段を上っていった。

その後、2006年夏にも2度目の出場を果たすと、初戦で八重山商高のエース大嶺(ロッテ)から6得点を奪ってKO。試合には延長戦の末に敗れたが、ストレートに的を絞って攻略した攻撃は見事であり、千葉経大付打線vs大嶺の対決は完全に前者の勝利であった。

新チームでは3番を務めていた丸(巨人)がシンカーを武器にエースに成長。八重山商高戦でマウンドを経験した左腕・内藤も残り、投手陣にある程度めどが立った。そして、持ち味の強力打線は監督の次男の松本歩をトップに据え、勝負強い2番谷、主砲の丸、大島とつながって得点を量産。関東決勝では佐野日大との打ち合いを9-5と制し、初の関東大会優勝を飾った。

甲子園では初戦で中京と対戦。取っては取られのシーソーゲームとなったが、中京のサイド右腕・川口に対して主砲・大嶋がホームランを含む4打数4安打3打点の大暴れ。しぶとい攻撃の中京を長打でねじ伏せ、苦しい試合をものにした。

延長12回の死闘、驚異の快速の前に守備網決壊

2007年選抜2回戦

熊本工

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
0 0 1 0 0 0 0 2 0 0 0 3 6
0 0 1 0 1 0 0 0 1 0 0 0 3

千葉経大付

 

熊本工    隈部

千葉経大付  丸→斎藤

初戦はともに苦しい試合を逆転でものにした両チーム。神宮大会では千葉経大付が8-2と熊本工を圧倒しており、九州大会を圧倒的に勝ち上がった熊本工としてはショックの残る敗戦かと思われたが、藤村はのちに「点差ほどの力の差は感じなかった」と語っており、試合前のメンタル的には台頭に望めていたようだ。

中軸を中心に長打力では千葉経大付、機動力では熊本工に分があると思われた勝負。エースはともに打たれ強さが売りであり、ある程度点の取り合いが想定されながらも、前年秋のような一方的な展開にはならないだろうと考えていた。

試合は打者一巡は両投手が好投し、無失点で切り抜ける。熊本工・隈部は前年秋より球威、スピードは増しており、打たせて取る投球に加えて、要所では力勝負もできるようになっていた。一方、千葉経大付・丸は持ち味のシンカーが、左打者の多く並ぶ熊本工打線には効果的であり、勝負所でこの決め球で三振を奪った。

しかし、打者一巡すると、両チームの打線が相手エースを攻略にかかる。3回表、2アウトから1番藤村、2番加久のコンビが出塁してチャンスをつかむと、3番今村はアウトコースへ逃げるシンカーにバットをうまく合わせてレフト前に落とし、1点を先制。相手エースの決め球をとらえての一打は非常に価値があった。

先制点を許した千葉経大付打線もすぐに反撃。3回裏にランナーをためると、2番谷のセンタータイムリーですかさず同点に。さらに5回裏には3番丸が甘めに入ったスライダーをライトにはじき返して勝ち越しに成功する。

熊本工打線は千葉経大付守備陣の好守の前にいい当たりが正面を突くなど、4回以降はなかなか得点を挙げられない。しかし、前年秋に大差で敗れていた熊本工にとっては、小差で食らいつくこの展開は決して悪いイメージではなかっただろう。そして、終盤8回についにチャンスをものにする。

疲れの見える丸から先頭の8番隈部が四球で出塁すると、送って1アウト2塁で打席には1番藤村。俊足が評価されていた藤村だが、秋以降鍛えてきた打撃もパワーアップしていた。丸の高めに浮いた変化球をライト前にはじき返すと、2塁から隈部が入って同点。終盤の大事な場面で主将が貴重な一打を放つ。

さらに攻撃のキーマンだった2番加久に変えて代打で送った吉岡がアウトコースのボールを流し打って、2者連続のライト前タイムリーとし、2塁から俊足の藤村が生還。勝負所で出し惜しみをしなかった林監督の采配も光り、試合は総力戦の様相を呈してくる。

ひっくり返された千葉経大付も最終回に代打攻勢に出るが、2アウトに追い込まれる。ところが、ここで1番松本歩がレフトへ放った打球を熊工のレフト二殿が後逸。3塁打としてピンチを招くと、続く2番谷がセンターへはじき返して同点に追いつき、試合は延長戦に突入する。

互いにベンチも含めて総力戦となった試合。しかし、予定通り代打・代走を出した熊本工に対して、千葉経大付は追い込まれた状況での代打攻勢だったため、大幅な守備位置の変更を余儀なくされる。早く勝負を決めたい千葉経大付だったが、延長11回裏には2アウト1,2塁で1番松本歩がレフト前ヒットを放ちながらも、9回にエラーをしてしまった熊工のレフト二殿が好返球を見せてタッチアウトに。ミスを取り返すプレーの出た熊工に勢いが出る。

いつもの守備陣で不安を隠せない千葉経大付守備陣。ここで最も嫌な打者を迎えることとなる。延長12回表、1アウトから1番藤村がショートへの内野安打で出塁。すかざす藤村は盗塁を敢行すると、捕手からの送球が悪送球となって一気に3塁へ進塁する。ここで先ほど好返球を見せた2番二殿のショートへのゴロがホームへの悪送球を誘ってついに熊工が勝ち越しに成功する。

これで緊張の糸が切れたか、この回、3番今村のセカンドゴロも後逸してしまうなど、決定的な3点を許す。最終回の千葉経大付の反撃を隈部がきっちり抑えてゲームセット。熊本工が見事リベンジを果たし、ベスト8進出を決めた。

まとめ

熊本工にとっては終盤までビハインドの苦しい状況だったが、主将・藤村の打撃と俊足が試合の流れを変えた。千葉経大付のしたたかなポジショニングに封じられていたが、8回に鍛え上げてきた打撃で、試合をひっくり返し、相手守備陣の予定外の変更を余儀なくさせた。そして、最後は内野安打、盗塁、好走塁で勝ち越し点を挙げるスピードスターぶりを発揮。まさに核弾頭の面目躍如の活躍ぶりであった。

その後、準々決勝では室戸の好投手・森沢も集中打で攻略し、4強に進出。最後は優勝した常葉菊川に屈したが、1大会3勝を挙げ、名門復活を印象付ける戦いぶりであった。中でもこの2回戦は会心の試合内容であり、そつのない野球が持ち味の千葉経大付から、いつもの普段着野球をスピードでかき乱して奪い取った一戦と言えた。

 

一方、千葉経大付にとっては、熊工のスピード野球に翻弄された一戦になってしまった。延長に入って、内野の3ポジションを初めて守る選手が守る状況はいかにもきつかっただろう。ただ、後のないトーナメント制の高校野球において先の先を読み切って選手変更をするのもやはり難しいのだ。

ただ、その翌年の選抜ではエース斎藤(巨人)を軸に4強に進出。3回戦では神宮王者の常葉菊川を相手に、得意のポジショニングで次々いい当たりをアウトにし、7-2と完勝を収めた。松本監督の元で磨き上げたしたたかでかつ力強い野球は、2004年~2008年の5年間で春夏各1回のベスト4で計9勝を記録。高校球界において一時代を築いたのは間違いないだろう。

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丸佳浩 (千葉経大付) 3年春 – YouTube

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