「新鋭vs伝統校」の関西ダービー
ラッキーゾーンが撤廃される前の最後の年となった1991年の高校野球。行進曲「踊るぽんぽこりん」に乗って選手が溌剌と入場してきたことも印象深い。そんな年の選抜大会で、同じ関西勢だが、非常に対照的な経緯を辿ったチーム同士の顔合わせが実現した。

大阪桐蔭に記念すべき初出場の大会。その初戦は衝撃的だった。対戦相手は2年前の全国準優勝の仙台育英だったが、その強豪相手に4番萩原(阪神―近鉄)のホームランなどで10得点。投げてはエース和田がノーヒットノーランを達成。大阪に新たな強豪の誕生を予感させた。

一方の箕島は久しぶりの復活出場。それまで数々の伝説を残してきた箕島も7年甲子園から遠ざかってきたが、今大会は本格派・山路を擁して期待の持てるチームだった。初戦は旭川龍谷を相手に5-1と快勝発進。上位進出へ向けて手ごたえを感じるスタートとなった。
好投手とらえた8回の猛攻
1991年夏2回戦
箕島
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 1 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 |
| 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | × | 6 |
大阪桐蔭
箕島 山路
大阪桐蔭 背尾→和田

関西勢対決となった一戦は序盤から箕島が先手を取る。1回表箕島は2アウトランナー2塁から三盗をしかけて捕手の悪送球を誘発。抜け目ない攻めで1点を先取する。
その裏にすぐに同点に追いつかれるも3回表に3番林(ダイエー)が大阪桐蔭の速球派右腕・背尾外角ストレートをライトスタンドに運んで勝ち越し。5回表には再び林が今度は変化球を狙い打ってバックスクリーンへ2ランホームラン。3点差とする。
守りの箕島としては安全圏のリードを得たかと思われたが、大阪桐蔭の打者はへこまない。もともと当時圧倒的人気を誇ったPL学園の陰で反骨心に燃えまくっていた集団なのだ。これくらいのビハインドはものともしない。
5回裏にすぐさま1点を返すと、6回からエース和田が登板、ノーヒッター右腕は初ヒットこそ許したものの、4回を1安打7奪三振と完璧な投球で相手打線を封じ込んだ。
大阪桐蔭の猛反撃が始まったのは8回裏。山路の縦に大きく割れるカーブに狙いを絞った大阪桐蔭は2番元谷、3番井上が連打。動揺した山路から4番萩原が四球を選んで無死満塁とする。ここで5番主将の玉山は再びカーブを狙い打って、同点2塁打。さらにこの回、暴投とスクイズで2点を勝ち越し、箕島のお株を奪う粘り腰で6-4と勝利を収めたのだった。
まとめ
大阪桐蔭はその後準々決勝で上田佳範(日本ハム)擁する松商学園に完封負け。しかし、夏は猛打が最後まで火を噴き、3回戦の秋田戦以外は危なげない戦いぶりで頂点に立った。だが、そのあとは強豪ひしめく大阪府内で苦戦。再び全国の頂点に立つのは17年後のことであった。
一方の箕島もその後の智辯和歌山の台頭により苦しい戦いを強いられていたが、2009年の選抜で復活出場。2回戦で延長戦を制するなど、ベスト8に躍進。その後監督は尾藤監督の息子が受け継ぎ、箕島野球は脈々と受け継がれている。


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