横浜vs秀岳館 2001年夏

2001年

新鋭校を圧倒した名門

関東勢が非常に好調だった2001年の選手権大会。出場9校中8校が初戦を突破し、甲子園制圧かと思われたが、そんな流れの中で待ったをかけたのが、49代表校中最後に登場した初出場・秀岳館であった。

画像・写真1/8)5人がプロ入りした“94年の横浜高”を封じ込めた ...

このブロックは組み合わせが決まった時から、3回戦で横浜―常総学院の黄金カードが予想されていた。しかし、シンガリ登場の秀岳館がアップセットを起こす。とは言っても、秀岳館も熊本大会決勝で熊本工を延長14回の死闘の末に倒すなど、その地力はかなり高いものがあったが。

開幕戦で大阪・上宮太子に大勝した選抜王者・常総学院は、優勝へ向けて順調なスタートを切ったかに見えた。しかし、序盤から秀岳館・山田に攻めかかるも盗塁死やゲッツーなどまずい攻めもあってなかなか得点につながらない。一方、秀岳館は初回に暴投で2塁ランナーが一挙生還するなど着々と加点。7回にダメ押しの1点を挙げ、終わってみれば3-0と快勝。見事なジャイアントキリングを演じてみせたのだ。常総学院はこれが初めての公式戦完封負けであった。

大会No.1投手(2001年夏) 畠山太(横浜) | 世界一の甲子園ブログ

その秀岳館と対峙することになったのが、3年前の優勝校・横浜。前年に続き、2年連続の甲子園出場であった。大河原・杉浦・松浦ら経験者を擁し、1番には1978年の安西以来23年ぶりとなる1年生の荒波(横浜)を起用。投手陣も昨夏のマウンドを踏んだ畠山と2年生福井のW左腕を擁し、充実の戦力だった。

神奈川大会決勝では選抜出場の桐光学園と対戦。初回いきなりエース畠山が2本の3ランを浴びて逆転を許すも徐々に反撃。2年生福井の好投もあり、かえって横浜の強さを印象付ける戦いで逆転勝利を飾った。甲子園では1回戦で島根・開星と対戦。初回に先制を許すも腰を据えて反撃し、最後は10-1で完勝。畠山もわずか2安打に相手を抑えて勝利を飾った。

隙の無い野球で付けこませず

2001年夏3回戦

横浜

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 1 0 1 0 0 0 1 2 5
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

秀岳館

 

横浜    畠山

秀岳館   山田→山口→三池

横 浜 対 秀岳館

さて、焦点は秀岳館のエース山田を横浜打線がどうとらえるか。内外への投げ分けで常総学院から内野ゴロの山を築いたエースが2試合連続の下剋上なるかに注目が集まった。

試合は2回に横浜が先制。3塁打の北村を置いて、2年生捕手田仲がタイムリーを放つ。北村も他チームなら中軸クラスの打者だが、その打者を6番に置けるのが横浜の強さだろう。また、扇の要に先生だが出たことで、守りの面からも乗って行けたことは確かであった。

一方、横浜のエース畠山は変化球主体に打たせて取る投球。秀岳館打線はヒットは出るも、1回から6回まですべて3人で攻撃が終了する淡白な展開。抜群のコントロールを誇る畠山の前に、常総学院戦のような付け込むすきが見当たらない。6回にはノーアウト3塁の絶好機もスクイズ失敗とホームが遠い。

横浜打線は4回にも円谷の長打で追加点。ヒット8と四死球8と出たランナーの数のわりに得点は少なかったが、山田にプレッシャーをかけるには十分。特に山田のスライダーの癖を見切った構えは小倉コーチの研究のたまものだろう。初戦で常総学院の各打者のスイングの鋭さに驚いた秀岳館の捕手・福田は横浜の野球に別の怖さを感じた。

終盤秀岳館は疲弊した山田が降板。代わった投手から得点を重ねた横浜が5-0と完封勝利。畠山はほとんどピンチらしいピンチはなく、秀岳館の残塁はわずか3.得点差以上の差を感じる戦いで横浜がベスト8に進出した。

まとめ

この後、横浜は準々決勝で当時の大会最速記録をマークした速球投手・寺原(ソフトバンク)擁する日南学園と対戦。9回に代打大塚の決勝打が出て西の優勝候補も撃破した。準決勝では優勝校の日大三に敗れたが、エースの畠山が先発できない中で土壇場9回に追いつく素晴らしい戦いを演じ、敗れてなお強しの印象を与えた。

一方、秀岳館はこの2年後の選抜にも出場。その後は甲子園から遠ざかっていたが、鍛治舎監督が就任し、2年間で3度の4強入りを果たして黄金時代を築くことに。初出場当時とはチームカラーはがらりと変わったが、見事全国区の存在へと上り詰めたのだった。

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