福井商vs箕島 1978年選抜

1978年

波乱含みの展開だった、記念大会のセミファイナル

第50回の記念大会となった選抜甲子園は、前橋のエース松本が史上初となる完全試合を達成したり、木暮・阿久沢といった投打の両輪を擁した伝統校・桐生が活躍したりと話題に事欠かない大会であった。そんな中、準決勝の第2試合で相対することとなったのは、前年の選抜優勝校の箕島と強打を誇る福井商という、甲子園ファン垂涎の公立強豪校対決になった。

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箕島は、前年にエース左腕東の好投で2度目の選抜優勝を達成。バッテリーを中心とした堅守と手堅い攻めが特色のチーム作りは、春を勝ち抜くのに非常に適していたのだろう。ただ、この年は2年生主体の若い編成で、かつ攻撃的な色合いの強いチームであった。北野、上野など2年生に魅力的な打者が多く、予選の打率は出場校中2位。一方で、石井毅(西武)-嶋田(阪神)の2年生バッテリーと中心としたディフェンス面には不安を抱えており、前年の成熟した3年生バッテリーの時と比べると、やや危うさをはらんでいるようにも見えた。

しかし、大会が始まると、看板の打線は湿りがちで、むしろバッテリーを中心とした守りをベースにする、いつもの「箕島野球」で勝ち上がっていく。1回戦は黒沢尻工を石井毅が完封し、1-0と僅差の勝利を収めると、2回戦では伝統校・小倉に4-1と完勝。若いメンバーが勝ち進むたびに自信をつけているようであった。準々決勝では前年秋の近畿大会で敗れていたPL学園とのリベンジマッチに。これまで印旛・菊池や南宇和・田中(日本ハム)といった好投手を打ち崩してきた打線に対し、石井毅が丁寧な投球で5安打完封。打線も犠打主体の攻撃で手堅く加点し、2-0と完勝で2年連続の4強入りを決めた。

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一方、福井商は名将・北野監督が就任して、この年でちょうど10年目であった。福井商も、もともと犠打を主体として手堅い野球が持ち味であったが、この年は歴代でも屈指の攻撃力を誇るチームであった。予選の打率は出場校中1位を記録。打率4割台で、塁に出れば1試合に1つは必ず盗塁を決める1番坂部が切り込んでいき、中軸には岩堀・江守・坪田と強力な打者が並んでいた。特に3番岩堀が6割近い打率を残しており、まるで穴の見つからない強打者である。下位にも油断できない打者が並んでおり、相手からすると息つく暇もない打線だ。

この強力打線に支えられ、アンダーハンドのエース板倉が打たせて取っていくのが勝ちパターン。球威・スピードはなくとも丁寧に低めを突いていくため、相手からすると焦って打たされてしまう。甲子園では1回戦で鹿児島商の追い上げを振り切って5-4と辛勝すると、2回戦では前述した完全試合男、前橋・松本を攻略。17安打で14点を奪い、打線の強さをまざまざと見せつけた。準々決勝では、のちに「炎のストッパー」と呼ばれる津田恒美(広島)がエースの南陽工と対戦。立ち上がりを岩堀、江守の3,4番がとらえ、スクイズも絡めて2点を奪うと、このリードを板倉が守り切り、2-1と僅差で初の4強進出を決めた。

前年王者に訪れたまさかの守乱

1978年選抜準決勝

福井商

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 1 3 4 0 0 0 1 0 9
0 0 0 0 1 0 0 2 0 3

箕島

 

福井商    板倉

箕島     石井毅→上野

さて、ともにアンダーハンドのエースである石井毅と板倉を、それぞれの打線がどう攻略するかであったが、実はこの試合の前に行われた第1試合でV候補筆頭の桐生が浜魔性に2-3と惜敗していた。球場全体が騒然とする中、両チームのナインが球場入り。この雰囲気は前年王者として受けて立つ側に見られていた箕島によりプレッシャーとなってのしかかっていた。

また、両チームの打線を比較すると、看板通りの破壊力を見せていた福井商に対し、箕島の打線はやや湿りがち。この点でも、少し福井商に分があったのは間違いないだろう。

すると、試合は序盤から意外な展開になっていく。4試合目で疲労もあるのか、調子の上がらない箕島・石井毅を、福井商打線が捕まえる。2回表、6番鰐淵の痛烈なヒットを足掛かりに2アウト1,2塁のチャンスを作ると、打席には注目の1番坂部。インコースのボールを引っ張った打球は、1塁へのゴロになるが、これをファースト北野がトンネルしてしまう。堅守の箕島としたら、なんとも珍しいプレー。この回はこの1点で終わるのだが、この失点が崩壊への序章となってしまった。

3回表、石井毅を福井商の上位打線がとらえ、4番江守がヒットを放った後、5番坪田のエンドランで1,3塁に。ここで、先ほどヒットを放っている6番鰐淵はバントを失敗したものの、直後に打ち直してタイムリーを放つ。流れがいい時はこういうものだ。さらに、7番中村も連続タイムリーを放って,3-0となったところで、尾藤監督は石井毅に代えて上野をマウンドへ。しかし、それでも流れはとまらず、9番板倉の打席で暴投が飛び出し、この回、計3点が刻まれる。

こうなると、両チームの勢いの差は如実に表れていく。4回表も福井商は2安打に死球も絡んで攻め立てると、ここにショートの落球、サード・ファーストの悪送球と内野手のエラーが3つ重なり、あっという間に4点を追加。これまで、この年だけでなく、甲子園登場以来、「堅守」をチームカラーとしていた箕島が、こんな姿を見せるのは、おそらく初めてのことだったろう。それだけ、いつも通りのプレーをするということは難しいことだったのだ。

大量リードをもらった板倉は持ち味の打たせて取る投球で、淡々とイニングを進めていく。箕島は5回裏に犠飛で、8回裏には連続タイムリーで計3点を返すが、反撃もそこまで。13本ものヒットを放ちながら、完投した板倉の投球がわずか78球だったところに、箕島打線がいかに焦っていたかという事を感じさせた。注目の好カードを9-3と大差で制した福井商が、県勢として初の決勝進出を果たすことになった。

まとめ

福井商はその後、決勝では浜松商・樽井に打線が8安打を放ちながらも完封されて、惜しくも準優勝に終わった。しかし、地に足の着いた戦いぶりに強打を絡めてこの年の戦いは、その後、チームのモデルケースになったことだろう。なかなか勝てない時期もありながらも、1996年夏と2002年の選抜ではそれぞれ4強入りを達成。永年チームを指揮した北野監督のもと、「炎の野球」で何度も甲子園のファンを沸かせてくれたのであった。

一方、守りが乱れてのまさかの敗退に終わった箕島だが、この年の教訓は確実に当時2年生だった選手たちに引き継がれた。翌年の甲子園では石井毅-嶋田のバッテリーを中心に春夏連覇を達成。夏は星稜との延長18回の死闘を制するなど、ドラマチックな戦いを見せたのだが、その基盤になっていたのは、前年春に最後に乱れてしまった「堅守」の徹底であった。泥臭い試合展開でも、終わった時に1点差で勝っている、そんな箕島の強さが、のちの時代を戦う者たちの道しるべになったことは間違いないだろう。

 

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