育英vs長崎日大 2000年夏

2000年

ミレニアムの夏を沸かせたルーズベルトゲーム

準々決勝4試合がすべて1点差ゲームとなった2000年夏。その第1試合は2年連続で兵庫vs長崎の対戦カードとなった。

育英は前年秋の近畿大会を機動力野球とエース橋本の好投で制し、自信を持って選抜に臨んだ。ところが、開幕戦で国学院栃木の足技の前にバッテリーが混乱し、初回に早くも3失点。1番柄目(現国学院栃木監督)を中心とした機動力の前に、育英はお株を奪われる形で3年前の選抜のリベンジを許した(1997年 育英9-5国学院栃木)。ショックの残る敗戦だったが、そこから再び原点回帰で走り込みを敢行したナインは、夏の兵庫大会を力強く勝ち抜き、春夏連続出場を決めた。

夏は再び開幕戦に登場。3番栗山(西武)の先制打が飛び出すと、1番川原を中心に自慢の機動力で秋田商バッテリーをかき回し、大量8得点で快勝を収めた。選抜のリベンジを果たしたこの勝利による自身は殊の外大きく、その後も小松工の好左腕・鹿野や那覇のエース成底を次々に攻略。上位から下位まで俊足のランナーが並ぶ上、中軸の片山・山下など一発のある打者も多い。この大会は智辯和歌山の打線が注目されたが、どうしてどうして育英の打線も歴史上かなりハイレベルな部類に入るものであった。

また、投げてはエース橋本が2回戦の小松工戦の序盤こそ失点したものの、持ち味の低めを意識した投球で試合を作る。選抜で国学院栃木の機動力の前に翻弄された姿はもうなく、安定感抜群のピッチングでエースの風格が漂っていた。投打に実力を存分に出し切り、地元の強豪校が7年ぶりの全国制覇へ向けて順調に歩を進めていた。

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夏の甲子園で8強に入った捕手の山内徹也(長崎日大)=2000年(長崎新聞社提供)

対する長崎日大は、3年連続の甲子園出場。前年夏は、崎田・山中の強力2枚看板をつながりある打線が支え、日大三・明徳義塾と強豪を撃破して3回戦へ進んだ。しかし、今年のチームは投手陣が浜口・高倉の2年生右腕コンビとなり、一気に若返りを見せていた。この2年生投手をリードしたのが前年から正捕手で4番を務めていた山内。全国を知る先輩捕手の存在が心強く、須江・松尾・岡田・井出など好打者が残った打線も投手陣を力強く援護した。

甲子園では初戦で富山商のエース永原を攻略して、5-3と快勝を収めると、2回戦では酒田南打線を浜口が12奪三振の1失点完投で下す。球速は130キロ台前後でも低めに制球されたキレのあるボールを投じ、初戦で逆転勝ちを収めていた相手に付け入るスキを与えなかった。

そして、3回戦はここまで9打数6安打5長打とあたりに当たっている主砲・阿竹を擁する徳島商と対戦。しかし、長崎日大バッテリーは緩急とコーナーワークでこの大会屈指のスラッガーを翻弄し、1安打に抑え込む。大会を通じて成長したバッテリーが強打者を封じこめ、12安打6点を挙げた打線とかみ合って、前年を上回る8強進出を決めた。

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強打の応酬は最終回の美技で決着

2000年夏準々決勝

育英

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 0 0 1 0 3 2 2 0 8
0 0 0 1 3 0 1 0 2 7

長崎日大

 

育英    橋本

長崎日大  浜口→高倉

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試合は互いのエースを強力打線がどう援護するかであった。また、育英の機動力を長崎日大の捕手・山内が封じ込められてかもカギであった。

序盤は両先発投手が好投。育英・橋本、長崎日大・浜口の両右腕が、低めを丹念に突く投球で内野ゴロの山を築く。ともにここまで3試合を投げ抜いてきた両投手だけに、安定感あるピッチングを見せる。

ところが、夏の戦いの疲労はやはり2人に確実に忍び寄っていただろう。中盤以降、両チームの打線が容赦なく相手エースに襲い掛かる。4回に育英は栗山・片山の3,4番が長崎日大は松本・山内の3,4番が連打を放ち、それぞれ1点を挙げる。これが壮絶な打撃戦の号砲となる。

5回裏、長崎日大は2アウトから9番森がヒットを放つと、ここから1番西村・2番井出・3番松本と4連打が飛び出し、一挙3点を奪取。低く強い打球を放って野手の間を抜く打撃が光り、育英バッテリーにプレッシャーをかけ続ける。

3点のリードをもらった長崎日大・浜口。しかし、彼も中盤以降、持ち味の低めへの投球ができなくなる。1アウト後、今度は育英打線が4番片山から小林、山下、そして主将の上野と4連打を放ち、たちまち同点に。お互いに似たような攻撃で点を取り合い、試合はいよいよわからなくなる。

先に抜け出すのはどちらかという展開。7回表に育英は自慢の機動力を活かして得点をたたき出す。四死球でランナーを出すと、川原が栗山が片山が次々盗塁を決め、チャンスを拡大。長崎日大はついにエース浜口をあきらめ、2番手にサイド右腕の高倉を送るが、犠飛などで2点の勝ちこしに成功する。

長崎日大も7回裏に3番松本のタイムリーで1点を返すが、育英にとっては2番手でサイド右腕が登板したのはしめしめと言ったところだったか。8回表にさらに自慢の機動力が猛威を振るい、この回3安打に4盗塁を絡めて2点を追加する。高倉の集中力をかき乱す走塁が光り、山内の懸命のリードも及ばない。

試合は育英の3点リードで最終回へ。しかし、2アウトランナー無しから長崎日大の猛攻が始まる。

3番松本がこの日、4本目のヒットで出塁すると、ここまで攻守でチームを牽引してきた4番山内が意地のタイムリー2塁打で1点を返す。さらに、5番松尾も必死の走塁でタイムリー内野安打をもぎ取り、点差はついに1点に。四球で逆転サヨナラのランナーも出し、いよいよ試合はわからなくなる。育英バッテリーもタジタジの表情だったが、最後は代打・熊本の強烈な打球がセカンド松下のグラブに収まり、ゲームセット。壮絶なルーズベルトゲームを制し、育英が4強へ勝ち上がった。

 

育英は準決勝はエース橋本が先発できず、序盤から大量9点を失う苦しい展開となる。しかし、7回に8番上野、1番川原の2本の2ランで反撃を開始すると、一時は最大9点あった得点差が2点にまで縮まる猛攻を見せた。最後は7-10と3点及ばなかったが、5試合で4ホームラン26盗塁の攻撃力は圧巻の一言。打って走って相手を崩す育英の機動力野球満開の夏であった。

一方、長崎日大はまたしても兵庫勢の壁に屈する形となったが、前年を上回る8強進出は見事であった。選手個々のポテンシャルでは、前年の方が上だったかもしれないが、若い投手陣を上級生野手陣が援護して勝ち上がった、まとまりの良さは前年を上回るものがあった。3年連続で春夏計4回甲子園に登場し、通算5勝を挙げたこの時代は、間違いなく長崎日大の時代であった。

 

 

 

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