2026年選手権2回戦
横浜vs日南学園
53% 47%
〇7-2 沖縄尚学 〇2-1 明徳義塾
総合力で横浜の優位は動かないだろう。日南学園が田中・谷口の両投手を中心にどこまで踏ん張れるか。
横浜のエース織田は初戦で沖縄尚学を終盤まで2点に抑える力投。150キロ台の速球にスライダー、スプリットを織り交ぜ、要所ではギアを上げる投球で決定打を許さなかった。ストレートを痛打される場面もあったが、八分の力で投げている感もあり、あまり心配はなさそう。むしろ下級生の頃と比べて変化球の精度が非常に良くなったことで付け入る隙がなくなった感がある。初戦は、注目の対決だったこともあって、ほとんどエース織田に託したが、ここからは連戦が続くため、織田以外の投手の登板は必至。1回戦で登板した左腕・小林をはじめとして、村田監督の投手起用にも注目が集まる。
対する日南学園打線は、初戦で明徳義塾の前に苦戦したが、つなぐ意識を強く持った攻撃で活路を見出した。サヨナラの場面では、9番鈴木、1番荒木、2番豊丸の3人がいずれもコンパクトなスイングで食らいつき、3連打でサヨナラ勝ち。以前は強さと脆さが同居するチームカラーの事も多かったが、今年のチームにはいい意味での粘り強さと嫌らしさがあると言えるだろう。あとは、4番谷口に早く一本が欲しいところ。横浜投手陣はいずれもストレートが140~150キロ台を計測するだけに、まずは速いボールに対して、立ち遅れないように工夫したいところだ。
一方、日南学園は早い段階で2年生左腕の谷口にスイッチしたことが功を奏し、明徳義塾のしぶとい攻撃を耐えきった。独特なタメの効いたフォームから繰り出す伸びのある速球と縦のカーブは、制球さえ間違えなければ強力打線が相手でも通用するだろう。右腕・田中も実力者だが、横浜打線相手には、谷口の方が相性がいい感じがする。初戦で無失策で乗り切った守備は内外野とも非常に安定しており、崩れる心配は少ない。日南の勝つ可能性があるとしたら守り切っての勝利の可能性が高く、チームスローガンにあるように「凡事徹底」で一つ一つアウトを積み重ねていきたい。
対する横浜打線は、初戦でその威力を発揮し、沖縄尚学の誇る3枚看板から計7点を奪取。9番千島がインサイドの難しいボールをレフトオーバーに持っていったように、この代の横浜の選手のポテンシャルは日本一と言って過言はない。選抜で完封負けを喫したことで、少し評価が懐疑的になっていたが、初戦の結果を見てまぎれもなく優勝候補であることを実感した。特に、池田・川上・江坂の中軸は強力で、初戦は3人で5安打を記録。少しでも甘く入れば外野の頭の上、あわよくばスタンドまで運ぶ力を持つ。機動力も併せ持つことで、なお破壊力を増しており、投手力以上に、この攻撃力が脅威である。
日南学園が勝利するなら、3点以内の勝負に持ち込むことが求められるだろう。いい意味でノープレッシャーで臨むことはできるだろうし、2007年には敗れはしたものの、春夏連覇を狙った常葉菊川を大いに苦しめたこともある。初戦に続いて、横浜vs九州の強豪という構図になる2回戦。果たしてどんな結末が待っているか。
主なOB
横浜…松坂大輔(西武)、成瀬善久(ロッテ)、涌井秀章(中日)、近藤健介(ソフトバンク)、奥村頼人(ロッテ)
日南学園…平下晃司(近鉄)、赤田将吾(西武)、寺原隼人(ダイエー)、井出正太郎(ダイエー)、中崎翔太(広島)
神奈川 宮崎
春 1勝 0勝
夏 2勝 2勝
計 3勝 2勝
対戦成績は、春は神奈川勢がリード。夏は2勝2敗のタイである。
1998年の選抜大会準々決勝では、日大藤沢・館山(ヤクルト)と高鍋・矢野(広島)という大会屈指の本格派右腕同士の投げ合いが実現。6回表、高鍋は相手のバント処理ミスなどでつかんだチャンスに6番高奥のライト前タイムリーが飛び出して1点を先制するも、その裏、5回までノーヒットだった日大藤沢打線が奮起。5番田山のタイムいりー3塁打で追いつくと、暴投で逆転に成功し、8回にも1点を加えて3-1とリードする。
しかし、2点差で迎えた9回表、高鍋は2アウトから3番平原のヒットと盗塁で、2アウト2,3塁とチャンスメーク。ここで、4番杉田の放った打球は、風にも乗って内外野の間にポトリと落ちるテキサスタイムリーに!2者が生還し、土壇場で同点に追いついた。高鍋は2番手左腕・佐山が好投を見せ、高鍋のペースかと思われた10回裏、結末は突然訪れた。1アウトから6番五十嵐が真ん中寄りに入った速球をとらえると、打球はレフトスタンドへ一直線!劇的なサヨナラホームランとなり、二転三転した好試合は、日大藤沢に軍配が上がった。
一方、同じ1998年夏には、今度は日南学園vs平塚学園という攻撃型チーム同士の対戦が実現。ともに1回戦は9回の大逆転劇で、それぞれ愛工大名電と九州学院をうっちゃっており、この試合でも打ち合いが予想された。試合は、序盤から日南学園打線が火を噴き、主砲・赤田が1回戦から合計で6打席連続ヒットを放つなど、2回を終えて8-1と大量リードを奪う。しかし、激戦の神奈川大会を勝ち抜いた平塚学園の勢いも本物。7回裏に打者一巡の猛攻で7点を奪い、一気に2点差に詰め寄って日南学園を震えあがらせた。結局、最後は11-9で日南が逃げ切るも、互いの攻撃力の高さが相手投手陣を圧倒した試合であった。
思い出名勝負
2001年夏準々決勝
横浜
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 |
日南学園
横浜 畠山
日南学園 寺原
2026年と同じく、関東勢が強さを見せた2001年の選手権大会。出場9チーム中8チームが初戦を突破し、選抜に続いて多くのチームが大会終盤まで残っていた。その強さの象徴でもあったのが、3年前に春夏連覇を成し遂げた横浜。準々決勝で対峙することになったのは、あの松坂大輔のスピード記録を塗り替えた男、剛腕・寺原隼人(ダイエー)を擁する日南学園であった。
横浜は前年に続き、2年連続での甲子園出場。大河原、松浦など野手に経験者が残り、投手陣もすでに聖地のマウンドを経験した左腕・畠山が残っていた。当然、選抜出場も期待されたのだが、まさかの早期敗退に。その選抜に、当時は新興勢力だった桐光学園が出場して1勝を挙げ、新世紀に入って神奈川の勢力図も塗り替えられようとしていた。
しかし、王者の意地にかけて負けられない夏は順調に勝ち上がると、決勝ではその桐光学園と対戦。1回表に3点を先行しながら、それまで安定感抜群だったエース畠山が1回裏に2本の3ランを浴びるという衝撃の展開になる。桐光学園としても3年前、そして前年と敗れていた相手に3度負けるわけにはいかない気持ちがあった。だが、横浜は2番手で登板した左腕・福井が好投。打線は、桐光学園のエース猪原から計16安打を放って10点を奪い、10-7で乱打戦を制して、三度、桐光学園の挑戦を退けたのであった。
この神奈川決勝での激戦を経て、チームはさらに成長。甲子園では2回戦からの登場になったが、開星に10-1でまずは順当に初戦を突破。3回戦では選抜王者の常総学院を破った秀岳館に対し、畠山が好投を見せ、打線も応えて5-0と完勝を収めた。試合前の小倉コーチの対策も完ぺきであり、秀岳館の捕手は2回戦では常総打線のスイングの鋭さに驚いたが、この試合では横浜打線が球種・コースがわかっているかのようにスイングしてくることに別の怖さを感じ取っていた。
一方、この横浜と対戦することになった日南学園は、おそらく宮崎県史上最もスケールの大きなチームであった。下級生時から注目されていた剛腕・寺原は150キロを計測する速球が武器。厚い胸板と躍動感のあるフォームから投じるボールは高校生の中では頭一つ抜きんでていたと言えるだろう。この年の宮崎はレベルが高く、前年代表の延岡学園には神内(ダイエー)、宮崎日大には田中と一線級の投手がいたが、彼らの存在もまた、寺原にとってはライバル意識をもって力を高める源になったのかもしれなかった。
ただ、この年の日南学園の強さの秘訣は、寺原だけではなかった。投手陣は右サイドから力のあるボールを投げる片山、左腕からの角度のある投球が光る片田と他にも実力者が控え、打線は中軸の3番井出(ダイエー)、4番長畑を中心にパワーヒッターをそろえていた。名将・小川監督が就任し、1995年に初出場で選抜8強入りして以来、そのパワフルな野球で、着実に強化が進んでいたのだ。
甲子園では初戦で寺原が最速タイ記録になる151キロをマークすると、打線も四日市工から18安打で8得点。四日市工も前年春、同年春と出場しているメンバーが残り、決して弱いチームではなかったのだが、日南の強さが完全に上回っていた。続く2回戦・玉野光南戦ではリリーフで登板した寺原がついに154キロ(当時大会最速記録)をマーク。中盤に集中打を浴びるが、延長10回の激闘を6-4で制し、大きな山場を越えた。3回戦では、それまで登板のなかった第三の男・片田が好投し、地元・兵庫の東洋大姫路に15-0と大勝。宮崎勢初の全国制覇へ向け、ためこんできた力を爆発し、ベスト8までたどりついた。
さて、3年前の王者・横浜と九州屈指のタレント軍団が対峙することとなった試合。ただ、試合前に両者とも懸念はあった。
まず、日南学園は寺原の調子があまり良くなく、初戦でピークは持ってきていたが、スピードを意識するあまり、フォームも若干崩し気味であった。実際、2回戦の玉野光南戦の終盤はスピードも落ちており、9回裏には2アウト満塁まで詰め寄られるなど、苦しいピッチングに。3回戦では完全休養できたが、果たしてどこまで回復しているのか読めない状況であった。
一方、横浜にも不安がないわけではない。それは主砲・松浦の不振であった。前年夏に甲子園でホームランを放っていた実力者だが、大会に入ると、意気込みが空回りしてか、なかなか快音が響かない。他のメンバーが好調だったため、さほど試合に影響はなかったが、プレッシャーを取り除く意味で、この試合は渡辺監督が7番におろして試合に臨んでいた。
それぞれの懸念材料がどう出るかというところだったが、それが如実に表れてしまったのは、日南学園の方であった。寺原の調子が思わしくなく、自慢の速球は出ても140キロ台前半。試合前に渡辺監督が、「150キロと言っても1試合に数球で、アベレージはもっと低い」と発言していたように、横浜打線としては驚くような投球ではなくなっていた。
試合は序盤から横浜ペースで進行。2回表には5番北村、6番田仲の長短打で1点を先行する。速いボールを想定して上からコンパクトに振り下ろすスイングを徹底し、6番田仲はバスターも敢行。小技も絡めながら、各打者がライナー性の打球を放ち、襲い掛かっていく。寺原は3回までで3安打3四死球と、大会序盤に球威で相手を圧倒していた姿ではもうなくなっていた。
そして、日南にとってそれ以上に深刻だったのは打線である。ここまで3試合で50安打を放ち、前年に智辯和歌山が作った1大会100安打にちょうど並ぶペースで打ちまくっていたが、この日は絶好調の「ハマのエース」畠山に封じられる。渡辺監督に「もっと表情を出していい」と言われていた左腕は、リラックスした表情で好投を披露。抜群のコントロールで、小倉監督が試合前に研究した日南打線の弱点をつき、4回まで一人のランナーも許さない完全投球。特に高めの速球を振らせるのが抜群にうまく、打者の手が出てしまう高さに投げ込めるのが、畠山の強みであった。
横浜ペースで進む試合は、5回表にも3番杉浦の右中間への3塁打を契機に、5番北村の野選で1点を追加。さらに続くピンチでの6番田仲のヒットは、好返球でタッチアウトとしたが、寺原にとっては苦しい時間帯となる。大会注目の試合であったが、ここまでは数字も内容も横浜が圧倒。日南としてはなんとかしのぐ時間帯が続いていた。
しかし、野球でそんな流れを変えるのは、やはり長打である。5回裏、主砲のバットが快音を響かせる。先頭で打席に立った4番長畑がアウトコースのボールを素直に流し打つと、打球は風も関係なしで右中間スタンドへ着弾!この試合、初めて出たランナーがなんとホームランになり、日南学園が1点差に迫る。
追い上げてもらった寺原は後半に入っても、ボールの力自体は上がらないものの、丁寧な投球で横浜打線を6回、7回と無失点に抑える。調子が悪い時にいかに抑えるかがエースの役割であり、なかなか九州や宮崎で勝てなかった時に得た教訓が、ここにきて生きてきたか。再三ランナーを出しながらもホームは踏ませず、踏ん張り続ける。
すると、7回裏、日南学園は先頭の4番長畑が四球で出塁。先ほどホームランを放っていただけに、横浜バッテリーもさすがに警戒したか。犠打で2塁へ進めると、打席にはパンチ力のある6番田之上。この試合、畠山の数少ない失投であった、高めのスライダーを引っ張り込むと、打球はレフトフェンス直撃のタイムリー2塁打に!ここまでのヒット2本がいずれも得点につながる効率の良さで、ついに日南学園が試合を振り出しに戻した。
2-2のまま試合は最終回に。ただ、畠山と寺原の両者の間には明確な疲労の差があっただろう。再三にわたってピンチをしのいでいた寺原と失点シーン以外はスイスイ投げていた畠山。最後の攻撃でその差が出てしまった。
9回表、横浜は先頭の2番円谷が四球で出塁。犠打と内野ゴロで2アウト3塁となると、この日それぞれ打点を挙げている5番北村、6番田仲には連続四球を与えてしまう。相手への警戒、疲労、何より本調子ではない中で、寺原も苦しい投球になっていた。ここで、横浜ベンチは松浦に代えて代打・大塚を選択。努力でベンチ入りをつかんだ男は、寺原の高めの真っすぐをとらえると、打球はダイブしたライト田之上が捕球しきれず、ボールは転々。二人の走者がホームを駆け抜け、ここで事実上勝負はあった。
リードをもらった畠山は、最終回、日南学園の上位打線を圧倒。1番から始まる攻撃をなんと3者連続三振で切って取った。最後は、3回戦まで3試合で12打数10安打と打ちまくっていた3番井出を空振り三振に打ち取り、ゲームセット!九州No.1とも言われた打線をわずか2安打に封じ、最高の表情を浮かべて4強入りを果たしたのであった。
横浜は、その後、準決勝で優勝した日大三に6-7と惜敗。前日に好投した畠山だったが、故障で本調子ではなく9回から登板するも、サヨナラ打を浴びてしまった。今でも彼が本来の実力を発揮して、日大三と対していたらどうなったかと感じざるを得ない。また、この試合では土壇場の9回表に不振の主砲・松浦が登場し、1点差に迫るタイムリー3塁打をマーク。まさに、監督とチームメイト全員が打たせたような一打であった。優勝した日大三を最も苦しめた、この年の横浜は、「負けてなお強し」という言葉がぴったりの強者であった。
一方、日南学園としては苦しい試合の中でよく粘ったが、エースが打たれ、自慢の打線が2点に封じられたという意味では完敗と言える試合だった。初の全国制覇を狙って臨んだ大会だったが、優勝を知る強豪の底力を感じさせられたと言えるだろう。寺原はコントロール重視で臨むも、9四死球を与えてしまい、本来の出来ではなかった。そんな中でも、8回まであの横浜打線を2点に抑えたのは、彼の投手としての底力だったのかもしれない。2013年夏には延岡学園が準優勝を果たすなど、魅力的なチームを数多く送っている宮崎県だが、最もスケールが大きかったのは、この年の日南学園だった気がする。


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