2026年選抜1回戦
横浜vs神村学園
50.5% 49.5%
近年の甲子園で上位をにぎわせた両チームの激突。実力伯仲の好試合が期待される。
横浜のエースは昨年の選抜優勝を経験した右腕・織田。150キロ台の速球と落ちるボールで三振が取れ、なおかつ打たせて取る投球もできる完成度の高い右腕だ。昨年春までは粗削りな感があったが、夏はエース奥村頼(ロッテ)の不調もあって、実質エース格として機能し、大きな成長を見せた。秋は故障でなかなか思うような投球ができなかったが、冬場を超えて本領発揮といきたいところだ。また、後ろには小林・福井の2年生コンビも控えており、連戦にも不安はない。
これに対し、神村学園打線は上位から下位までずらりと高打率の打者が並び、打線の力は間違いなく出場校でTOP10には入るだろう。特に昨年中軸を打っていた田中と梶山を2番と3番に入れたのはミソ。序盤から攻撃的布陣で複数点を狙うことができ、これは昨夏の打順で2番入木田、3番今岡(西武)と並べたところにも通ずるものがあるだろう。下位打線も破壊力があり、7番川本は打率4割6分4厘とリードでも打撃でもチームに貢献した。秋の九州大会では沖尚の2枚看板を攻略したように、本格派対策にも自信を持つ。5点前後を目指して攻めかかていきたい。
一方、神村学園のエースを務めるのは右腕・龍頭。昨秋は大事な試合をほぼ一人で投げ切り、チームの選抜出場に大きく貢献した。右スリークオーターから高低・内外に正確に速球と変化球を投げ分けることができ、テンポのいい投球で守りのリズムを作る。いわゆる「強豪校の勝てるエース」といった投手だ。ただ、試合巧者の横浜が相手だけに、同じリズム・配球で投げ続けるのは危険。1試合通して、序盤・中盤・後半と変化をつけていく投球ができれば、失点を抑えられそうだ。また、願わくば、秋は不安定だった2番手以降の投手が台頭してきているのが望ましい。
投手層の厚さという点ではどうしたって横浜に分があるだけに、ある程度の失点は覚悟しつつ、神村学園としては打ち勝つ形で終盤までにリードを広げて、試合を決めたいところだろう。横浜としては、野球IQの高い攻撃で、神村の守備陣をかき回したいところだ。
主なOB
横浜…松坂大輔(西武)、成瀬善久(ロッテ)、涌井秀章(中日)、近藤健介(ソフトバンク)、奥村頼人(ロッテ)
神村学園…野上亮磨(西武)、渡邉陸(ソフトバンク)、秦勝利(楽天)、早瀬朔(阪神)、今岡拓夢(西武)
神奈川 鹿児島
春 3勝 0勝
夏 5勝 3勝
計 8勝 3勝
対戦成績は春夏ともに神奈川勢がリード。
1974年の夏の準々決勝では東海大相模と鹿児島実が激突。1年生スラッガー原辰徳と原貢監督の親子鷹で注目された東海大相模は、強力打線を武器に大会注目の存在となり、3回戦では好投手・工藤(阪神)を擁する土浦日大との延長の激闘を制して勝ち上がってきた。
その相模の前に立ちはだかったのは、同じくアイドル級の人気を誇ったエース定岡(巨人)が率いる鹿児島実。両者譲らずの死闘は、9回裏に相模が粘って追いつき、延長戦に突入する。延長15回表に鹿実が1点を勝ち越すが、その裏、相模も満塁の好機を作る。しかし、最後は定岡が踏ん張って相模打線を抑え込み、ゲームセット!大会史に残る好試合を制した鹿児島実が
高校時代の定岡正二 鹿児島実業 甲子園のアイドル 1974年
一方、2011年の選抜ではその両校が再戦。ともに夏春連続の甲子園であった。鹿児島実は前年の九州大会を制し、エース左腕・野田(西武)と豊平・浜田・揚村とタイプの違う中軸が並ぶ打線がかみ合って安定した戦いを見せていた。これに対し、東海大相模は1番渡辺(中日)を中心に打線には定評があったが、大会前は投手力が不安視されていた。しかし、大会が始まると技巧派左腕の長田をはじめとして、全員が安定した投球を披露。看板の打線も、関西・堅田、大垣日大・葛西と注目の好左腕を攻略し、力強く8強へ駆け上がってきた。
V候補同士の激突となった試合は、相模のエース近藤が予想を上回る好投を見せ、角度のある速球を武器に鹿実打線を封じていく。これに対して、鹿実・野田も好投を見せていたが、中盤に3塁にランナーを置いた状態で投球モーション中に転倒するアクシデントが発生。バランスを崩したのが原因だったが、当然ボークを取られて先制点を許した。結局、この試合で9安打を浴びながらも2点で踏ん張った野田だったが、打線が近藤の前に6安打で完封され、選抜2度目の優勝の夢は潰えることとなった。
ただ、この大会で5試合78安打を放つ強打を見せた相模打線を唯一封じたのが、この試合の野田であり、さすが九州王者のエースといったところであった。
2011年選抜 準々決勝 東海大相模-鹿児島実 橋本拓磨ファインプレー
ハイレベルな攻防が多い両県の対戦。勝った方は、あるいは、V争いの中心に名乗りを上げることとなりそうだ。
思い出名勝負
1998年選手権2回戦
鹿児島実
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 5 | × | 6 |
横浜
鹿児島実 杉内
横浜 松坂
平成の怪物・松坂(西武)を擁する横浜が春夏連覇を狙って臨んだ1998年の選手権大会。その2回戦で待ち受けていたのは、初戦で無安打無得点を達成した南国の怪腕・杉内(ソフトバンク)を擁する鹿児島実であった。
横浜は、ここまで公式戦無敗で勝ち続けた絶対的王者。エース松坂は150キロ台の速球に高速スライダーを織り交ぜる投球で打者を牛耳り、選抜では5試合を投げて失点はわずか4と圧倒的な投球を見せた。当時の高校球界は、前年まで最速が140キロを超えたら大会屈指と言われていた時代であり、それがいきなりこれだけのピッチングをされたら、なかなか打てるものではない。女房役・小山(中日)のリードも冴え、佐藤-松本の二遊間を中心にバックもハイレベルな堅守を見せていた。
また、打線はスラッガー後藤(西武)、核弾頭・小池(DeNA)など長打力のある面々と、加藤・松本・佐藤など細かい攻撃のできる打者がかみあい、硬軟織り交ぜた攻撃で得点を奪っていく。小倉コーチの研究で相手投手を細かく分析し、打者一巡目はしっかり相手を観察したうえで、2巡目以降は必ず攻略の糸口を見出してくる。投げているのがエース松坂だけに大量得点は奪わずとも、確実に中盤から終盤にかけて得点を重ね、終わってみれば5,6点は取っているというのが横浜の必勝パターンであった。
その王者に挑む形となったのが、鹿児島の名門・鹿児島実。2年前の選抜で下窪(DeNA)-林川のバッテリーを中心に悲願の県勢初優勝を達成し、乗りに乗っている強豪校であった。ただ、この1998年の代は同じ県内の強豪・川内が強く、剛腕・木佐貫(巨人)を中心に有望選手が集まったことで鹿実すらも圧倒するほどの力を有していた。現に、秋春は川内の前に敗れており、夏に向けて打倒・川内で鹿実はチャレンジャーの立場となっていた。
しかし、夏の決勝で相まみえた鹿実はすさまじい気迫で川内に対する。エース左腕・杉内は130キロ台後半の速球と縦に割れるカーブを交えて、相手打線を翻弄。大げさでなく、ストレートはうなりを上げ、カーブは音を立てて落ちていく。決して強力とは言えなかったこの年の打線も、中盤に集中打で3点を挙げ、終わってみれば3-1と快勝で3年連続での夏の甲子園を決めた。
この強力なライバルを倒した自信を胸に臨んだ夏の1回戦は、選抜8強の経験もある青森の名門・八戸工大一を相手に杉内が快投を披露する。縦に大きく割れるカーブの前に相手打線が全く対応できず、終わってみれば9回まで1本のヒットも許さず、無安打無得点を達成。打線も女房役・森山のホームランなどで4点を挙げ、初戦敗退に終わっていた昨年のリベンジも果たす形で、センセーショナルな1勝を挙げたのだった。横浜の強さは誰もが知るところだが、「鹿実ならあるいは」と思わせる実績と勢いがあり、注目の2回戦が幕を開けることとなった。
さて、試合前には徹底してミーティングで相手の研究を行う横浜だが、百戦錬磨のナインをもってしても、やはり杉内のカーブは衝撃的であった。「打てないよ…」と弱音を吐く選手もいたそう。来ると分かっていても手が出てしまい、なおかつミートも難しい魔球であった。1回表に2番加藤のヒットで、ひとまず無安打記録は早々と止めたが、それでもスコアリングポジションにランナーが進んでからの集中力は圧巻。ストライクゾーンからボールに落ちるカーブをことごとく振らされ、得点を挙げることができない。
一方、鹿実サイドも控え部員の研究で出たデータを頼りに、松坂の速球に狙いを絞って浅いカウントから積極的に打っていく。方針は間違ってはおらず、初回からいい当たりのライナーが飛び出し、3回表には9番杉内がチーム初安打を放つ。打力は過去の年と比べてもやや低い、1998年度の鹿実であったが、試合前に杉内が「勝つなら2-1か1-0」と考えていた通り、乾坤一擲の勝負で決勝点を挙げるべく、松坂に襲い掛かっていく。
ただ、この年の横浜バッテリーのレベルはある意味、高校野球のレベルを超越したものであった。
150キロの速球と変化球はいずれも来ると分かっていてそうとらえられるものではない。ここに小倉コーチの研究が加わり、各打者の得意なコース・球種と苦手なコース・球種を丸裸にして試合に臨んでいた。そして、試合が始まると序盤はあえて相手の得意なコースをボール半個分外して投げ、それでも球威で打ち取っていき、後半は苦手なコースを徹底して攻めるのだ。こうして、1試合通してみると打てないようなシナリオが出来上がっており、この試合も鹿実打線も序盤、横浜サイドの掌の上で回らされている感じだったのだろう。
前半戦を終わって、0-0と互角の展開で試合は進んでいるように高校野球ファンからは見えていたが、現場で戦っている鹿実・久保監督は「やはり投攻守走すべてでレベルが違う」と感じていた。すると、グランド整備明けの6回裏、横浜がついに本領を発揮し始める。
先頭の1番小池が四球を選ぶと、2番加藤がきっちり送って1アウト2塁に。すると、3番後藤の打席で小池が三盗を敢行。左投手で2塁に背をむけているため、第二リードをしっかりとってからの完ぺきなスタートを切り、まんまと3塁を陥れた。「自分の判断で三盗ができる選手がスタメンに3,4人いると強い」という小倉コーチの言葉通り、この年の横浜はただ打つだけではない強さを持つ。1アウト3塁から後藤がきっちりセンター最深部へ犠飛を打ち上げ、横浜が大きな先制点を手にした。
1-0と緊迫した攻防で試合は終盤戦へ。ここで、鹿実・杉内は心のどこかで「このまま0-1で負けるのならいいか」という満足感が出てしまったそう。6回の失点にしたって打たれて取られたわけではない。7回まであの王者を1点に抑えたのだから、それは満足もしてしまうだろう。だが、王者はその心の隙を決して逃してはくれなかった。
8回裏、先頭の8番斎藤清がカーブをセンターに返すと、送って1アウト2塁から上位打線が機能する。1番小池がアウトコースのボールを引っ張って三遊間を破り、まず2点目。さらにレフトのエラーで小池は2塁へ進むと、動揺した鹿実バッテリーの隙をついて再び三盗を決める。その後、2番加藤、3番後藤といずれもタイムリーを放ち、4-0。試合前に打てないと言っていたカーブに対しても、8回に来て確実にミートし始めていた。そして、とどめは4番松坂。高めから入ってくるカーブを引っ張った打球はレフトスタンドへ消える2ランとなり、ノーヒッター杉内を完全に攻略する形となった。
ただ、9回表、ここまで3安打無得点の鹿実打線も意地を見せる。同じ南九州には、沖縄水産・新垣(ダイエー)、そして、川内の木佐貫と剛腕がひしめいており、その強豪地区で腕を磨いてきたのだ。最終回、代打・川田、3番貞といずれもストレートを引っ張って連打を放ち、松坂に食らいつく。優勝経験のある強豪校の意地を見せつけるような打撃であった。しかし、最後は松坂の前に4番萩元が打ち取られてゲームセット。横浜が会心の内容で鹿実を退け、3回戦進出を決めたのだった。
横浜は、その後、球史に残る激闘を次々に勝ち抜いて春夏連覇を達成。延長17回に、6点差の大逆転に決勝戦の無安打無得点と、これだけドラマチックな勝ち方をしたチームは、後にも先にも横浜だけだっただろう。そして、投攻守走のすべてにおいて、これだけ高いレベルの野球を突き詰めたのも、また、この1998の横浜だけだったかもしれない。平成に入ってなかなか甲子園で結果を出せないもどかしさもあった横浜だったが、この年を境に一気にブレイクスルーを果たし、以後、約10年間は出場するたびに、ほぼベスト8以上に進むという黄金時代に突入することとなる。
一方、鹿児島実は敗れはしたものの、7回までは王者を相手に0-1と素晴らしい試合を見せた。特に、エース杉内の投球はあの横浜打線をもってしても手を焼くものであり、この年の横浜の対戦相手では、1選手で最も警戒されたのが杉内であった。その後、プロ野球の世界に進んで沢村賞を取り、球界を代表するエースに上り詰めたのは周知の通りである。


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