横浜高校投手陣を攻略した強力打線列伝④

2006年

2025年の高校球界で大坂桐蔭以来、史上2校目となる2度目の春夏連覇を狙う横浜高校。

あの松坂大輔を擁した1998年の春夏連覇は圧巻の一言であった。そして、この年を皮切りに同校の黄金時代が始まったと言っても過言ではないだろう。小倉部長の緻密なデータ取りによる配球の妙と徹底した下半身強化で、数々の好投手が育った。出場するたびに優勝候補に名を連ね、幾多の大エースを擁して上位をにぎわせた。

しかし、そんな中にあって、全国のライバル校も決して手をこまねいていたわけではなく、幾多の強豪校が自慢の打力で、その横浜の好投手に立ちはだかってきた。

今回は、横浜の投手陣を攻略してきた強力打線を、「強打vs好投手」の対決の歴史として振り返っていきたい。

大阪桐蔭(2006年夏 1回戦)

中田翔(大阪桐蔭)2005、06年 第…:平成の夏「思い出甲子園 ...

2006年の高校球界は、神宮大会を制し、公式戦負けなしながらも、選抜は出場辞退に終わったお古代苫小牧と、その選抜を強打で制した横浜高校の2校を中心に回っていた。

横浜は過去10年で見てもTOP5に入るのではないかというほどの強力打線を形成。1番に俊足の白井が入り、中軸はセンスあふれる2年生の高浜(ロッテ)、4番捕手でチームの要である福田(中日)、巧打の佐藤(ロッテ)といずれも後にプロ入りする選手で形成。そのほかにも下水流(広島)、越岡田と強打者が目白押しで有り、9番に入る岡田が他校なら4番を務めてもおかしくないほどの陣容であった。

一方、投手陣はエース川角、速球派の2年生浦川、技巧派の西嶋の左腕3人で形成。選抜前はやや不安視されていたが、川角が主戦として一本立ち。初戦で近畿王者の履正社を2安打完封すると、安定したコントロールと切れのあるボールで、試合を作った。大会終盤は大量リードを奪う展開が多く、継投策も駆使しながら余裕をもった投球で3度目の選抜制覇を飾った。

夏に入っても、その傾向は変わらず、打線が爆発し、そのリードを守る展開が続く。神奈川決勝でもライバル東海大相模を相手に4回までで2桁得点を奪い、追い上げを食らいながらも15-1と圧勝。強力打線を背に投げるアドバンテージを活かし、左腕3人と2年生右腕・落司という豊富な陣容で2度目の春夏連覇へと向かっていった。

対する大阪桐蔭は、前年夏に4強入りしたメンバーから残ったのは3番謝敷と4番中田(日本ハム)の二人のみ。大幅にメンバーが入れ替わり、2年生主体の面々で戦っていた。また、新チームでエースとして期待されていた中田が故障で投げられず、西谷監督も方針転換を余儀なくされることに。2年生左腕・石田と速球派の3年生右腕・松原の二人の継投でしのぐ戦いが続いた。

そうして、迎えた夏。選抜出場の履正社、前田健太(ツインズ)が軸のPL学園との三つ巴が予想された。そんな中、投手ができずに打撃に専念するようになった中田翔が大暴れを見せる。何と4試合連続のホームランを放ち、履正社戦でも好投手・魚谷からバックスクリーンへ一発!大一番を制すると、石田松原が交互に先発しながら好投を見せ、決勝に進む。決勝戦では金光大阪の2年生エース植松(ロッテ)の前に中田が封じ込まれて延長戦に突入するが、最後は12回表に2番手の弓削から中田が決勝打!苦しみながらも2年連続の代表切符を掴んだ。

 

さて、そうは言っても、辻内(巨人)・平田(中日)と投打に太い柱を擁した前年と違い、この年はまだまだ発展途上の大阪桐蔭。組み合わせ抽選で大会初日の第3試合に横浜との対戦が決まって大いに盛り上がったが、チームの成熟度・実力ともに明らかに横浜の方が格上であった。おそらく10回戦えば、8,9回は横浜が勝つくらいの開きはあっただろう。しかし、残りの1回が本番で出てくることがあるのが、トーナメント制の高校野球の怖さである…

試合

横浜

1 2 3 4 5 6 7 8 9
1 0 0 0 1 0 0 1 3 6
0 0 0 2 0 0 4 5 × 11

大阪桐蔭

 

横浜 福井→畠山

 

大阪桐蔭 スタメン

1 山口祥
2 小杉
3 謝敷
4 中田
5
6 山口昌
7 岡田
8 丸山
9 石田

先発は大方の予想通り、横浜が川角、大坂桐蔭が石田の両左腕である。1回表、いきなり横浜は1番白井が死球で歩くと、送って1アウト2塁から3番高浜が右中間へタイムリー2塁打。早々と1点を先行し、やはり横浜が勝つだろうなという空気感が漂う。

しかし、ここから横浜の攻撃の歯車がことごとく狂う。続く4番福田の打席で高浜が三盗を敢行。これを桐蔭の2年生捕手の岡田(西武)が見事に刺し、ピンチを逃れる。この場面、状況的には全く盗塁の必要はない場面なのだが、高浜は試合前ノックでの岡田の送球を見て、これは走れると判断してのスタートだった。ところが、岡田は試合前の送球はわざと緩めにしておき、相手をはめこんだのだ。このあたりの老獪さは流石というか、大坂桐蔭の強さの一端が垣間見える。

その後、横浜サイドに攻撃のミスが続出。けん制死、盗塁失敗などなど、ことごとく攻撃が繋がらない。1アウト満塁のチャンスも2度作ったが、9番川角のスクイズが小フライとなってゲッツー。さらに、4番福田に打たせたら、今度はショートゴロで併殺に。桐蔭の左腕・石田から再三ランナーを出しながらも得点は2点どまりだった。

一方、バッテリーは6回までは桐蔭打線を2点に抑えていたが、少し「対中田翔」の意識が過剰になっている部分もあったか。ショートフライでも尋常でないくらいに高く上がる打球を放った様に、やはり一人だけ別格のスイングを見せる。この中田に神経を使ったため、どこか川角の投球にいつものいい意味での「のらりくらり」感がなかったように思えた。いつもなら大量リードをもたらしてくれる打線もこの日は中盤まで2点どまり。ピリピリした展開で試合は2-2のまま終盤7回に入っていく。

こうなると、精神面で優位に立つのは、試合前に不利とされていた大阪桐蔭だ。7回に山口祥小杉の1,2番コンビの連打で1点を勝ち越すと、さらにピンチの場面で中田は敬遠。毎打席、中田のところで少し横浜サイドにフラストレーションがたまっているような感覚があった。すると、続く5番は高めの変化球を右中間へはじき返し、2点を追加。履正社戦でも逆転打を放った「クラッチヒッター」がこの場面でも大仕事をやってのけた。

横浜は8回にも2番手の松原から満塁のチャンスを作るが、押し出しの1点どまり。なかなか満塁で得点を重ねられない。すると、8回裏、試合はクライマックスを迎える。スクイズで1点を加えると、さらに1,3塁から3番謝敷がバックスクリーンへ3ランホームラン!さらに、4番中田謝敷の打球のさらに数十メートル奥へ飛ばす連続ホームランを放ち、横浜に一気に引導を渡した。

横浜打線も9回表に意地の反撃で3点を返すが、やはり差はあまりにも大きく11-6でゲームセット。今でもチーム力は横浜が上だったと思っているが、中田翔というスター選手がいる大阪桐蔭を前に、格上の横浜の方が意識過剰になってしまった感があった。1998年の春夏連覇以来、常に出場すると上位をにぎわせてきた横浜高校だったが、この夏は、それまでには見られなかった、自滅したような形で甲子園を去ることとなった。

 

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