- 甲子園では各地区ごとに好不調が如実に表れるのが、見ているファンにとって興味を引くところだ。好調な地区では、一度勝ちだすと、地区内で「うちが一番先に負けられない」との意識が出てきて、簡単には負けなくなる相乗効果を生み出すことがある。そんな相乗効果で各地区ごとに無双状態になった大会は何年の大会だったが、振り返っていきたい。第8回は東北地区。
第95回大会(2013年)
2022年に仙台育英が悲願の初優勝を果たし、歴史を塗り替えた東北勢。平成元年に仙台育英が大越基(ダイエー)をエースとして選手権準優勝を果たすと、平成後半には東北勢が軒並み全国上位に顔を出すようになってきた。
青森山田、光星学院の県内2強が君臨した青森勢が1999年の青森山田の選手権8強を境にベスト8常連となれば、宮城勢もダルビッシュ有(パドレス)のいた2003年に選手権準優勝、同じく仙台育英もエース芳賀で2001年に選抜で準優勝と結果を残す。
この2県に引っ張られるように、他の県も力をつけ始め、福島県は聖光学院が斎藤監督・横山部長のタッグで常連校となり、山形では2004年春に東海大山形が、2006年夏に日大山形がそれぞれ県勢初の8強入りを果たす。
そして、勢いに乗り遅れていた岩手勢、秋田勢も、ついに追いついてくる。2009年に岩手・花巻東がエース菊池雄星(エンゼルス)を軸に、選抜準優勝、夏ベスト4と大フィーバーを起こすと、1997年を最後に選手権の勝利から遠ざかっていた秋田勢は、2011年に能代商がついにその不名誉な記録に終止符を打ち、神村学園・英明と西の強豪2校を破って3回戦までコマを進めた。
こうして、東北勢の初優勝はまだかまだかと毎年のように期待を持たれていた中、2013年世代が平成の中でも最も期待値が高かった年の一つだったのではないだろうか。この世代は、秋の神宮で仙台育英が主砲・上林(中日)を軸に、優勝を飾っており、すでに全国のタイトルを手中に収めていた。そんないい流れの中で迎えた夏、東北6県の代表校が初優勝へ向けて、甲子園の舞台へ乗り込んできた。
日大山形(山形代表)

2回戦 〇7-1 日大三
3回戦 〇5-2 作新学院
準々決勝 〇4-3 明徳義塾
準決勝 ●1-4 前橋育英
日大山形は平成初期から名将・渋谷監督に率いられて、県代表の常連となっていたが、2000年前後から酒田南が常連校にとって代わると苦戦を強いられるようになる。ここに、同じく伝統校の東海大山形、さらに、ブラジル人留学生を軸にした新興勢力の羽黒の2校が2004年、2005年の選抜でそれぞれベスト8、ベスト4と結果を残したことで、山形県内は一時期の不振が考えられないほどの激戦区と化していた。
そんな中、若き指揮官・荒木監督が就任し、復活に向けて腕を撫していた日大山形が2006年夏に結果を残す。2年生のサイド右腕・阿部を強力打線が支える形で開星・仙台育英・今治西と甲子園常連校を次々撃破。開星の杉原(DeNA)、仙台育英の佐藤由(ヤクルト)、今治西の熊代(西武)とのちにプロ入りした2年生エースをすべて打ち崩した打棒は圧巻であった。こうして手ごたえをつかんだチームは、その後は再び甲子園から遠ざかっていたが、2013年に再び聖地へと帰還した。
この年も強力打線は健在。4番に左の大砲・奥村(ヤクルト)がどっかりと座り、その周りを峯田・吉岡と力のある左打者が固めていた。1番青木、2番中野(阪神)と、出塁率が高く小技も効く二人がチャンスメークし、中軸の3人で返す。このパターンで山形大会では、打撃戦を勝ち抜いていった。決勝では青木、峯田、そして、エース庄司と3本のホームランが飛び出し、快勝で代表入りを決めていた。一方、投手陣は長身のエース庄司に佐藤和、斎藤と3人が軸で回していた。こちらは総力戦で勝負かと大会前は予想されていたのだ。
さて、本戦が決まると、初戦はなんとV候補の一角に上がる日大三が相手となった。日大対決としても注目されたが、やはり前評判では日大山形が不利。しかし、そんな雰囲気を主砲が吹き飛ばす。
1回表、MAX148キロを誇る小柄な剛腕・大場の高めのボールをとらえると、打球は右中間スタンドへ飛び込む先制2ランに!いきなり相手の出鼻をくじくと、投げてはエース庄司が覚醒する。県大会までは3枚看板の一人という印象だったが、長身からの角度のある速球を武器に1失点完投。打線も終盤に2番中野が技ありの2点タイムリーを放つなど、7得点を挙げ、見事なジャイアントキリングを果たした。
その後も、3回戦では作新学院、準々決勝では明徳義塾と甲子園優勝経験校を次々に下し、7年前に自身が果たした最高記録を塗り替えるベスト4入りを果たした。特に、準々決勝の明徳義塾戦は3度にわたってリードを許しながらも追いつき、最後は目の前で奥村を歩かされたところで5番吉岡が意地のタイムリーを放って試合をひっくり返す勝負強さを見せた。まさに、粘りの日大山形の真骨頂を見せた試合であった。最後は準決勝で優勝した前橋育英の前に力尽きたが、日大山形にとってはまた一つブレイクスルーを果たした一年となった。
明徳義塾vs日大山形 2013年夏 | 世界一の甲子園ブログ
花巻東(岩手代表)

2回戦 〇9-5 彦根東
3回戦 〇7-6 済美
準々決勝 〇5-4 鳴門
準決勝 ●0-2 延岡学園
2009年に菊池雄星(エンゼルス)、2011年に大谷翔平(ドジャース)と後のメジャーリーガーを擁して、夏の甲子園出場を果たした花巻東。スター選手を中心に戦う印象が強かったが、元来は走塁やカバーリングに力を入れたチーム作りが信念にあり、佐々木洋監督の指導の下、年々チームとしての基盤が固まってきている印象だった。そして、2013年夏、一つ上の大谷翔平を擁した世代が果たせなかった選手権出場を達成。決勝では、前年夏に敗れていたライバル盛岡大付に5-1と快勝し、手ごたえを得て乗り込んできていた。
この年の持ち味は、投打ともに層が厚いこと。打線は、2番にカット打法で相手を追い詰める千葉が座って、1番八木とのコンビで相手を苦しめる。この機動力に加えて、中軸には岸里(日本ハム)、多田野らパンチ力のある打者が並び、硬軟織り交ぜた攻撃ができる。下位から上位に繋ぐ攻撃も可能で、相手からすると、行きつく暇のない打線だ。そして、投手陣は本格派右腕の岸里に中里・細川・河野の左腕3本柱で4人の分厚い投手陣を形成。相手打線の状態を見ながら自在に継投できるのが強みだった。
初戦は2回戦で彦根東と対戦。相手のエースは技巧派の好左腕・平尾だったが、序盤から花巻東の打線が全開となる。2回に6番太田、7番茂木の連続タイムリーで先制したのを皮切りに、大事な場面で悉くタイムリーが飛び出す。相手のペースに合わせて打たされるのではなく、ポイントまで呼び込んできっちりととらえて見せた。投げては細川、中里の左腕リレーで終盤の彦根東打線の反撃も交わし、9-5で逃げ切り。同校の甲子園での連敗を3でストップし、新たなスタートを切った。
そして、3回戦は剛腕・安楽(楽天)を擁する選抜柔優勝校の済美と対戦。2回戦の三重戦で大会最速タイ記録となる155キロをマークした2年生右腕に対し、花巻東打線は初回から速球に振り負けなかった。安楽自身の調子がもう一つだったこともあるが、高めに浮いたボールをはじき返して初回から2点を先行。常に先手を取って、絶対的エースを擁するチームの勝ちパターンに持ち込ませなかった。また、投げては4投手すべてをつぎ込み、勝負強い済美打線を寸断していく。終盤に同点に追いつかれたものの、前に出させなかったことが勝ちにつながった。
延長10回、疲れの見える安楽がスライダー中心になるところを逃さず、5番多田野のタイムリーなどで4点を勝ち越す。10回裏に、4番手の岸里が安楽に3ランを浴びて1点差に詰められるが、その後は相手の攻撃のミスにも助けられて、無失点に。総力戦で競り勝った花巻東が、大型右腕が投打の中心の済美を倒すという、まさに「This is 高校野球」といった展開でベスト8進出を果たした。
その後、準々決勝では強打の鳴門と対戦したが、この試合では2番千葉がヒーローに。芸術的なカット打法で、相手エース板東(ソフトバンク)に4試合で41球を投じさせ、リズムを作らせなかった。序盤はリードを許したが、中盤に疲れが見えたところを一気にとらえ、最後は得意の継投策で逃げ切りに成功した。準決勝は、延岡学園の左腕・横瀬に3安打完封され、涙をのんだが、スター選手が不在な中でも総合力で勝ち上がったこの年の花巻東は、新たな新境地を切り開いたと言えるだろう。
弘前学院聖愛(青森代表)

1回戦 〇6-0 玉野光南
2回戦 〇4-3 沖縄尚学
3回戦 ●0-10 延岡学園
1999年の青森山田の8強入りを機に、光星学院との県内2強が幅を利かせていた青森県。ただ、両校ともに県外生がチームの中心であったことは有名であり、県自体のレベルアップが本当に果たされていたかどうかはまだ証明できていないともいえた、そんな中、2013年にその事を証明してくれる、待望のチームが現れた。それが弘前学院聖愛である。
36歳の原田監督は、練習量で勝てない分、人間力を高める指導でチームを強化。若き指揮官に率いられたチームは、青森大会で青森山田・光星学院の2強を撃破し、堂々甲子園へ乗り込んできた。ベンチ入りは全員が青森出身であったが、右サイドのエース・小野、主砲・一戸と投打の軸を擁したこの年の弘前学院聖愛は全国的に見ても全く引けを取らないチームであった。
初戦はかつて何度も甲子園を沸かせた岡山・玉野光南と対戦。岡山大会決勝では明治神宮大会の準優勝左腕・児山(ヤクルト)を集中打で打ち崩しており、3番・藤本を中心に打力に自信を持つチームであった。しかし、この強力打線をエース小野が130キロ台ながら伸びのある速球を武器にわずか4安打に封じ込める。特に高めに浮きあがるようなボールは威力十分であり、相手の主砲・藤本も成す術がなかった。めとした玉野光南打線を翻弄。打っては、一戸のホームランなどで10安打6得点を奪取。投打で圧倒し、初出場初勝利を挙げた。
勢いは止まらず、続く2回戦は秋の九州王者・沖縄尚学が相手だったが、聖愛打線のシャープなスイングが沖縄尚学の左腕・比嘉を早々と攻略。6番外川のタイムリーなどで序盤で3点のリードを築いた。小野が沖縄尚学打線を粘りの投球で3点に封じ、最終的に4-3と接戦で逃げ切ったが、ヒット数は沖縄尚学の5本に対して、聖愛は13本。出したランナー、作ったチャンスの数を考えても内容的には聖愛が圧倒した試合であった。
弘前学院聖愛vs沖縄尚学 2013年夏 | 世界一の甲子園ブログ
最後は、3回戦で延岡学園に0-10と大敗したが、地元・青森の選手だけでつかんだ選手権2勝は、ことのほか県民に勇気を与えただろう。その後も2021年、2025年と選手権に出場。勝利こそあげられなかったが、粘り強い戦いで観衆を魅了した。
仙台育英(宮城代表)

1回戦 〇11-10 浦和学院
2回戦 ●1-4 常総学院
平成初期から常に東北勢を牽引し、優勝するならこのチームと言われてきた仙台育英。前年の2012年から主軸を務めた4番上林(中日)が残った新チームは、鈴木・馬場(阪神)の右腕2枚看板を擁し、投打ともにスケールアップした野球で東北大会、神宮大会をいずれも制覇した。仙台育英としては初めての秋のチャンピオンであり、いよいよ全国制覇が近づいてきたかと、否が応でも期待感が高まってきていた。
しかし、選抜では創成館・大野、早稲田実・二山と好投手を崩すも、準々決勝で高知の投手リレーの前に完封負け。注目の上林はワンバウンドのボールをヒットにするなど活躍を見せたが、やはり全国区の好投手を前にすると、打線が打てないときは出てくるのはやむを得なかった。佐々木監督も、「敗因を探すのは難しい」というほど悪くない試合内容だっただけに、悩みは深かったが、夏は持ち前の打力を武器に宮城大会を突破。決勝の大崎中央戦は、5失策が絡んで5点を先行される苦しい試合だったが、打線が粘りを見せ、サヨナラ勝ちで2年連続の出場を決めた。
悲願の東北勢初優勝を狙っての大舞台。打力、投手力は申し分ないが、守備力にやや不安があった。そして、組み合わせ抽選会で事件が起こる。初戦の相手はなんと選抜王者の浦和学院。神宮王者と選抜王者が甲子園の初戦で顔を合わせるというのは、過去の甲子園でも記憶にないほどの好カードである。2年生エース小島(ロッテ)と強力打線で、史上8校目の春夏連覇を狙う王者に対して、仙台育英も秋のチャンピオンとしての意地を見せたいところであった。
ともに強力打線を誇るチーム同士の対戦は、初回から荒れた展開となる。仙台育英は1回表に懸念された守備の乱れが出てしまい、1点を先行されるが、その裏に素晴らしい反発力を見せる。1番熊谷(阪神)が逆方向への意識を持った打撃でライトへヒットを放つと、ここから小島が崩れる。得意のインサイド攻めがことごとく死球となり、無死満塁から押し出しやタイムリーなどで大量6失点。小島はベンチに返って泣き顔になるほどの、まさかの大乱調であった。
だが、この試合はこのまま済むはずもなく、3回表に浦和学院が1イニング8得点の猛攻で仙台育英・鈴木をKO。一方、6回には仙台育英が浦和学院守備陣の乱れにもつけこみ、2者連続のタイムリーも含めて一挙4点の猛攻で同点に追いつく。試合は、10-10の同点のまま、終盤戦へ。
しかし、県予選で投打に手堅く試合を進めてきた浦和学院よりも、乱戦を経験してきた仙台育英の方が、この試合は自分のペースで進められている感覚があったかもしれない。8回の無死満塁のチャンスは小島の前に3者連続三振に取られたが、9回裏、2アウト1塁から熊谷がレフト頭上を越すヒットを放って、1塁走者の小野寺がホームへ!懸命の送球も間に合わずに、サヨナラの生還となり、仙台育英が大会序盤の大一番を制したのだった。実に劇的な勝利であり、試合後は、このまま優勝へ突き進むかと思われた。
だが、この大会の仙台育英はくじ運が良くなかった。2回戦の相手は3季連続の出場となる常総学院。前年夏から甲子園を経験していたエース飯田が立ちはだかった。速球はスピードこそ130キロ台だが、キレがあり、右打者のインコースにもきっちり投げ込める制球力があった。ここに緩急も加わり、仙台育英打線に自分の打撃をさせない。2番菊名のホームラン1本に抑えられ、1-4と敗戦。先発・鈴木は5回までパーフェクトピッチングを見せていたが、6回のピンチの場面でリリーフした馬場が先制の2点打を浴び、8回にも2点を追加されて力尽きた。
この年代も投打にタレントが揃い、全国制覇を狙える戦力だったと思うが、全国区の好投手を前に春夏とも打線が不発に終わった。毎年のように強力打線を誇り、全国上位をにぎわせていたこの時代の仙台育英だが、なかなかあと一押しが足りない、そして、その一押しが何なのかを探る苦しい時代であった。この悲願は佐々木監督が退任した後、2022年に後任の須江監督が成し遂げることとなる。
【好投手列伝】茨城県篇記憶に残る平成の名投手 3/3 | 世界一の甲子園ブログ
仙台育英vs浦和学院 2013年夏 | 世界一の甲子園ブログ
聖光学院(福島代表)

1回戦 〇4-3 愛工大名電
2回戦 ●1-2 福井商
21世紀に入って、全国常連校となった福島・聖光学院。2001年夏の福島大会決勝の日大東北戦で、延長10回裏に3-7から逆転サヨナラ勝ちを収めた試合は、高校野球ファンの間では語り草であり、2004年以降はほとんどの年で代表を独占するようになる。不動心をモットーとする精神鍛錬と、守備や走塁など細かいところを突き付けていく実戦的な強さが合わさり、福島の絶対王者として君臨しだしていた。
しかし、甲子園ではなかなか全国区の強豪を相手に力及ばないことが多かった。だが、2010年夏にエース斎内を軸に広陵、履正社とV候補を下して8強入り。これまで破れなかった壁を打破した感のある戦いであり、確実にステップアップしてきていた。そして、前年となる2012年夏には技巧派右腕・岡野(中日)を軸に、前年王者の日大三を撃破。続く2回戦で敗退したものの、この勝利もまた、聖光学院に大きな自信を与えていた。
前年から不動の4番だった園部(オリックス)が残った新チームは、秋の福島大会、東北大会を勝ち上がり、仙台育英には敗れたものの、準優勝で選抜出場権を獲得する。すると、選抜では2年生左腕・石井が好投し、初戦は益田翔陽に8-0と完封勝ち。順調なスタートを切ると、3回戦では鳴門との接戦を園部の勝ち越し弾で制し、選抜では初めてとなるベスト8入りを果たした。ただ、準々決勝では石井が敦賀気比の中軸に連続ホームランを浴びるなど、3-9と力負け。夏に向けて収穫と課題を得た大会となった。
迎えた夏の福島大会は、学法石川に10-9、日大東北に5-4のサヨナラ勝ちときわどい勝利を続けてなんとか連続出場を死守。ただ、春先まで好調だった石井の調子が上がらず、リリーフ登板した3年生左腕・今の成長が目立つ結果となった。打線は、八百板・園部を中心に好調を維持しており、投手陣の出来がカギを握ると思われた。
1回戦の相手は名門・愛工大名電。前年は剛球左腕・浜田(中日)を軸にゴリゴリの優勝候補だったが、この年は小柄な左腕・東(DeNA)を軸に粘りが信条のチームだった。1回表、名電は2桁背番号ながら4番に抜擢された石浜が石井のスライダーをとらえ、レフトへ先制2ラン!聖光学院も2回に1点を返すが、5回の攻撃でトリプルプレーが出てしまうなど、流れは名電のまま進んでいた。
しかし、この苦しい流れを意外な男が救う。6回裏、先発の石井に斎藤監督が代打の酒谷を送ると、東のスライダーが甘く入ったところをとらえた打球はライトスタンドへのホームランに!斎藤監督も流れを変える出塁を期待していただろうが、期待を上回るの一発となり、1点差に迫る。これで勢いの出た聖光学院は、7回に先頭の園部の2塁打を足掛かりに2アウト満塁とチャンスメーク。ここで先ほどホームランの酒谷が、今度は速球を狙ってタイムリーを放ち、名電の好投手・東から一人で3打点をたたき出した。投げては、2番手で登板した左腕・今が無失点リリーフ。見事な逆転勝ちで初戦を突破して見せた。
こうして、4年連続の夏の甲子園勝利を挙げた聖光学院。さらなる上位進出を目指し、当たった相手は伝統校・福井商だった。
この試合は、斎藤監督にとっていろんな意味で誤算がある試合だった。ここまで県大会、甲子園と不調だった石井だったが、この試合は本来のコーナーワークがさえ、福井商打線を抑えていく。犠打主体の福井商の攻撃を前に再三スコアリングポジションにランナーを背負うが、要所を締めていき、終盤まで初回の1点のみに抑えた。ようやく訪れたエースの復調。これはうれしい誤算だったことだろう。
ただ、悪い意味の誤算だったのは、福井商の先発・長谷川の好投だった。福井県予選まではエース中村文が軸となっていたが、甲子園初戦で調子が上がらないところを見た米丸監督が、2番手で好投した長谷川を先発に持ってくる。これがまんまとはまり、140キロ台の速球を武器に好投を披露。福井大会ではわずか1回3分の1しか投げていなかったシンデレラボーイの出現は、斎藤監督にとっては想定外だっただろう。6回に園部のタイムリー3塁打で同点に追いついたものの、好調の打線は封じ込められてしまった。
すると、1-1の8回裏に、石井が2アウト3塁から福井商の6番林にタイムリーを浴び、ついに勝ち越しを許す。この日は、この夏一番といってもいい投球だっただけに悔やまれる一球だった。最終回の反撃も実らず、1-2で終戦。名門・福井商の勝ちパターンにはまってしまった試合だったと言えるだろう。春夏と確か足跡を残した一年だったが、夏は惜しくも2回戦で甲子園を後にすることとなった。
秋田商(秋田代表)

2回戦 ●0-5 秋田商
先述したように秋田勢は1998年から2010年の間の13年間、一度も夏の甲子園で勝利を挙げられていなかった。しかし、その間に選抜甲子園で2004年、2006年と2度にわたってベスト8入りを果たし、全国へ食らいつく流れを作っていたのが、名門・秋田商であった。エースを軸にした堅い守りをベースに勝負する伝統のスタイルは、決してぶれることがなく、前年夏の甲子園ではエース近藤を軸に、自身の夏の甲子園の連敗記録を止める1勝を挙げていた。
そして、この年はアンダーハンドのエース佐々木を軸に2年連続の甲子園出場を達成。決勝戦では角館との延長15回に及ぶ死闘をサヨナラで制しており、東北人らしい粘り強さを持ち合わせたチームでもあった。
本戦では、本格派右腕・宮本を擁する富山第一と対戦。秋田商打線はこの好投手に序盤よく食らいつき、5回までに5安打を放つ。特に、3回裏には2アウト1,2塁から3番杉谷がセンターへのヒットを放っていたが、富山第一のセンター平田の好返球に阻まれ、無得点に終わった。すると、5回以降は佐々木がつかまり、じわじわと点数は広がることに。5回の失点が失策をきっかけにした無安打での失点だったことも痛かった。
ただ、それでも打線はよく宮本を攻め、5安打を放ったし、守りでも2失策はあったものの、要所で内外野に好プレーは飛び出していた。0-5という結果には終わったが、内容の濃い好ゲームであった。


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