2026年選抜2回戦予想 九州国際大付vs専大松戸

2026年

2026年選抜2回戦

九州国際大付vs専大松戸

51%   49%

〇4-3  神戸国際大附 〇4-0  北照

投打にレベルの高い両チームの対戦。しかし、総合力ではやや九州国際大付が上回りそうだ。

 

九州国際大付の左腕・岩見は長身から繰り出す速球とスライダーで押し込む力の投球で、神戸国際の強力打線を2点に封じ込めた。特に、右打者のインサイドを突くボールは縦も横も角度がついているため、なかなか練習でも体感できないような球筋だろう。神宮で5ホームランを放った神国の強打者のバットが押し込まれていたのだから、威力は相当なものだ。このボールでカウントを稼ぎ、スライダーで打ち取るという、相手にとっては「分かっていてもどうにもならない」パターンで0を重ねていく。また、2番手の右腕・渡邉の実力も言わずもがな。この二人を打ち崩すのは容易ではない。

対する専大松戸打線は、今年は例年以上の破壊力を秘める。初戦は、上位から下位まで満遍なくヒットが出たが、得点機で輝いたのは、前評判の高かった上位打線ではなく、下位打線の方であった。北照の技巧派右腕・島田のスライダーをとらえ、アウトコース主体になるところを逃さすとらえた。得点は4回の4点のみとやや消化不良ではあったが、打線の地力は十分に感じさせた。岩見のスライダーに対し、試合の中でどう対応していくのか、打線全体での意識の徹底が必要になる。1回戦で無安打の1番石崎、3番高貝ら右打者の出来がカギを握りそうだ。

 

一方、専大松戸は初戦は右スリークオーターの門倉が速球とスライダーをアウトコース低めに集める投球で4安打完封。北照打線がややボールの力に負けた感もあったが、次戦の九国打線はそうはいかない。インコースの見せ球を使っていけるかどうかが大事になってくる。また、初戦では出番のなかった左腕・小林も控える。内角を突く強気の投球が持ち味であり、右打者へのクロスファイヤーが大きな武器だ。左右2枚看板を含めて、投手陣を総動員し、強力打線を相手にとられても最少失点でしのぐ展開にしたい。

対する九州国際大付打線は、初戦は延長の大激闘を3番吉田の逆転サヨナラ打で制し、薄氷を踏む思いの勝利を手にした。しかし、大会前のメンバー変更があったとはいえ、打線全体のレベルは高く、上位から下位まで、果てはベンチ入りメンバーまでバットが非常に振れている。神国の好左腕・秋田のスライダーを終盤には攻略しかかっていただけに、専大松戸・門倉のスライダーについても試合の中で対応してきそうだ。特に中軸はいずれもタイプの違う打者が並んで7安打を放っており、専大松戸バッテリーにとっては頭を悩ませる存在だろう。

 

専大松戸としては、投手一人でしのぎ切るのはやはり難しく、継投のタイミングも重要になるだろう。初戦は4得点だったとはいえ、破壊力は大会随一の九国打線を3-4点以内に抑えれば、勝機は出てきそうだ。九国は自慢の打線が岩見を援護する勝ちパターンに持ち込みたいだろう。

主なOB

九州国際大付…三好匠(広島)、高城俊人(DeNA)、清水優心(日本ハム)、富山凌雅(オリックス)、佐倉侠史郎(ソフトバンク)

専大松戸…上沢直之(日本ハム)、高橋礼(西武)、渡邉大樹(ヤクルト)、原嵩(ロッテ)、深沢鳳介(DeNA)

 

福岡   千葉

春  2勝    0勝

夏  4勝    3勝

計    6勝      3勝

対戦成績は春夏ともに福岡勢がリード。

2004年選抜2回戦では、福岡工大城東と拓大紅陵のV候補対決が実現した。主砲・定岡(楽天)を中心に上位から下位までずらりと強打者の並ぶ福岡工大城東に対し、拓大紅陵は技巧派右腕・伊能を好リードした捕手・中野(現・千葉黎明監督)が奮闘。強肩を武器に盗塁死、けん制死など3つの捕殺を記録し、城東の攻撃をふさぎ続けた。

2-2のまま終盤に進んだ試合は、8回裏に不振に苦しむ4番定岡が勝ち越し2点打を放てば、直後の9回表には、リリーフで登板した右腕・定岡から1番高橋がライト前に同点タイムリーを放つ。両者がっぷり四つで進んだ試合は、9回裏に決着。無死2塁で打席には代打・藤沢が2番手・千葉の変化球をとらえると、打球はレフトスタンドへ飛び込むサヨナラ2ランに!劇的な形で勝利を手にした福岡工大城東が春夏通じて初の8強進出を決めた。

2004年 選抜甲子園 拓大紅陵対福岡工大城東

一方、1987年夏の1回戦では習志野と東筑という公立の名門校同士のカードが実現。習志野は夏2度の全国制覇を果たした強豪であったが、拓大紅陵などの新興勢力の台頭もあって、この大会が7年ぶりの出場。俊足巧打の1番城(ヤクルト)を中心に勝負強い打線がアンダーハンドのエース綿貫が支え、久しぶりの夏の甲子園であった。

しかし、この日は綿貫が制球難で7四死球を与え、なかなかリズムを作れない。0-1と1点ビハインドで迎えた8回表に相手守備陣のミスで逆転に成功するも、9回裏には再び四球を足場に追いつかれてしまう。延長10回表に再び東筑守備陣の乱れから勝ち越したが、監督・捕手ともに綿貫の投球におかんむりだったとか。これで気合を入れなおしたのか、2回戦・3回戦は本来の制球を取り戻し、見事この大会ベスト8まで勝ち上がった。

プロ野球選手を多く輩出しながらも、強豪校の数が多く、選手が分散しやすいという似た特色を持つ両県の激突。ハイレベルな攻防を制するのはどちらか。

思い出名勝負

1992年夏決勝

拓大紅陵

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
0 1 0 0 0 0 0 0 × 1

西日本短大付

 

拓大紅陵     紺野

西日本短大付   森尾

1992年の高校球界は非常にエポックメイキングな年であった。

この年からラッキーゾーンが撤廃され、ホームラン数が激減したが、その中で星稜の4番松井秀喜(ヤンキース)が選抜大会タイ記録となる3ホームランを放って、一躍脚光を浴びた。

そして、もう1点が複数投手制の必要性が叫ばれた点。前年の1991年夏に沖縄水産・大野(ダイエー)が肘を疲労骨折しながら決勝までの6試合を投げぬいたことがさすがに問題視され、それまで何かと美化されがちだった一人の投手が力尽きるまで投げぬく姿勢に疑問符がつくようになった。

そんな流れの中で開催された1992年夏の決勝戦は、継投策で勝ち抜くチームとエースが一人で投げぬくチームという対照的な顔合わせとなったのだ。

拓大紅陵は名将・小枝監督に率いられ、昭和後期から着々と力をつけてきたチームだった。1984年選抜で初めて8強入りを果たすと、1986年はのちにヤクルトで活躍する飯田を1番捕手に据え、大会でもV候補に挙げられる存在にまでなった。そして、1992年夏はエースで4番の紺野や2年生スラッガー立川(ロッテ)を中心に強打を誇り、千葉大会を勝ち上がる。それまでの甲子園での戦いを見ても強打の拓大紅陵の印象が強く、本戦でも打線爆発かと思われた。

しかし、大会が始まると目立ったのは、特徴の違う複数投手を運用した体制であった。右サイドハンドの紺野、アンダーハンドの富樫、左腕・多田、右腕・杉本といずれも投げ方の違う4投手を代わる代わる起用。一方、打線は大量点とはいかなかったが、初戦の智辯和歌山戦で3点差を逆転して波に乗ると、準々決勝では0-1で迎えた9回表に立川が逆転2ランを放ち、劇的な形でベスト4へ進出。準決勝でも尽誠学園の好右腕・渡辺も逆転で攻略するなど、勝負強い打者が揃っていた。新時代のスタイルで勝ち進む拓大紅陵が、1975年の習志野以来となる千葉県勢の優勝を狙っていた。

一方、西日本短大付も昭和後期から名将・浜崎監督に率いられて、常連校へなりつつあった。1986年夏・1987年春と好左腕・石貫(広島)を擁して連続出場を果たすと、1989年世代では新庄剛志を輩出。福岡県内の有力選手が進学するようになっていた。その翌年には、右アンダーハンドの好投手・中島を擁して、宇部商・鹿児島実と強豪を下して4強へ進出。準決勝では優勝した天理に惜敗したが、全国制覇が手の届くところまで来ていることを実感させた。

そして、この1992年世代は絶対的エース森尾を擁して2年ぶりの出場を達成。前年夏は好投手・田島を擁する柳川に、前年秋は福岡工大付に敗退したが、ディフェンス野球に磨きをかけて臨んだこの年は福岡大会でその両校にリベンジを果たして優勝を果たした。甲子園では大会前からV候補に挙げられると、森尾が初戦から連続完封を達成。準々決勝の北陸戦の9回まで無失点記録を継続すると、準決勝では再び強打の東邦を相手に完封勝ちを決めて、初の決勝進出を果たした。

 

さて、対照的な投手起用で勝ち上がった両チーム。決勝前の焦点はやはり、拓大紅陵の打線vs森尾の対決であった。

その森尾、ここまで4試合で1失点と圧倒的な安定感を誇るが、その理由は正確無比なコントロールと冷静に相手の狙い球を察知する洞察力にあった。ここに、味方の配球と相手打線の傾向を察知して正確にポジショニングを取る堅守も加わり、相手のヒットを未然に防ぐ鉄壁さを誇っていたのだ。

一方、拓大紅陵は4番を務める紺野を先発に指名。ただ、これまで4試合はすべて継投策で勝ち上がっており、スクランブルでの起用は十分考えられた。

1回表、拓大紅陵は1番今井がいきなり二遊間を痛烈に破るセンター前ヒットで出塁。犠打で2塁へ進め、好投手・森尾にプレッシャーをかける。しかし、森尾の正確なコントロールの前に、インコースを厳しく攻められ、3番主将の小笠原、4番紺野と打ち取られて無得点。先制のチャンスを逃す。

一方、初回を3者凡退で切り抜けた拓大紅陵・紺野だが、2回裏にピンチを招く。4番高原が変化球にうまく食らいついてショートへの内野安打を放つと、梅沢がきっちり送り1アウト2塁。6番西原も変化球を引っ張って三遊間を破り、1アウト1,3塁とチャンスを拡大する。ここで、打席には7番山本。浜崎監督は失敗覚悟で迷わず、スクイズのサインを出す。山本のスクイズは捕手前の打球となってしまうが、3塁走者の高原がスライディングせずに駆け抜けて一瞬速くホームイン!西短が1点を先行する。

しかし、ここから西短は次の1点が遠い。2回の更なるチャンスでは重盗を仕掛けるも失敗。4回裏には4番高原の2塁打からチャンスを作るも、決定打が出ず、5回裏も2番下川の好走塁を絡めて2アウト満塁と迫りながら無得点に終わる。さらに、後半戦に入っても、6回裏、2アウト2,3塁としながら得点ならず。押しに押していながら2点目を上げられず、さすがに嫌な流れとなってしまう。

すると、7回表、それまで拓大紅陵を散発4安打に抑えながていた森尾が捕まる。1アウトから6番木内を打席に迎えると、アウトコースの速球を流し打った打球は左中間を深々と破っていく。森尾を相手に、イニング数も少ない中でチャンスはそう来ない。そう感じた木内は迷わず2塁を蹴り、3塁へ。今大会、圧倒的な投球を見せていた森尾から初めてとなる長打を、しかも、3塁打とし、一気に同点のチャンスを迎える。

ここで、打席には7番布施。準決勝の尽誠学園戦では貴重な逆転打を放った勝負強い選手だ。しかし、森尾を相手に普通に打ちに行っても分が悪いと判断したのだろう。小枝監督はここでスクイズを指示する。しかし、右投手の森尾は3塁ランナーのスタートが見えた瞬間、最もバットに当てるのが難しいインハイへ投球。正確に投げ込んだボールはバットをすり抜けて捕手・西原のミットにおさまる。走り出していた3塁ランナーは挟殺され、タッチアウト。拓大紅陵が千載一遇のチャンスを逃した。

0-1のまま試合は最終盤へ。ただ、この試合が接戦となった立役者は、拓大紅陵の先発・紺野であった。ここまで継投策で勝ち上がってきたチームだったが、この日は代わる代わる他の3人の投手がブルペンへ走りながらも、最後までマウンドは譲らなかった。8安打4四球と実に12人のランナーを出しながら、失点はわずか1。この粘りの投球が、決勝戦を好試合たらしめた所以であった。

そして、試合は9回表へ。2番松本、3番小笠原と打ち取られ、2アウト。しかし、ここから4番紺野が攻撃でも意地を見せる。巧みな右打ちで高めの速球をライトへ打ち返すと、続く5番立川の場面で盗塁を敢行。これが見事に決まり、一打同点あるいは一発出れば逆転のチャンスを迎える。ちょうど準々決勝の池田戦ではこのような場面から試合をひっくり返したのだ。

だが、森尾は最後の最後まで森尾であった。懐の深い長距離砲の立川に対し、捕手・西原は迷わず、インコースへ構える。少しでも甘く入れば、長打になってしまう、怖いコースだ。だが、コントロールに絶対の自信をもつ森尾に迷いはなかった。最後は、インハイに来た速球に立川のバットが詰まらされ、打球はサードへのフライに。涙を浮かべながら投球した森尾は、数秒後にはチームメイトと抱擁をかわし、全国一を証明する戦いを制したのだった。

 

西日本短大付は3度目の夏出場で全国制覇を達成。当時の福岡勢は、これで夏は5年連続で8強以上の成績を残し、圧倒的な強さを誇っていたが、この年の西短はその流れに乗って一気に頂点まで上り詰めた。複数投手制を叫んだ元年に、絶対的なエースが一人で投げ切るチームが優勝したのはやや皮肉な結果ではあったが、森尾の好投はそんな事を打ち消すだけの凄みがあった。やはり投手の根本はコントロールであり、最終的に野球の勝敗を決めるのはディフェンスの力なのだ。5試合で1失点という近代野球では考えられない金字塔を立てての快挙であった。

一方、拓大紅陵は4人の投手を使い分けての見事な準優勝であった。当時も複数投手を起用して勝ち上がるチームは存在しないわけではなかったが、いずれもタイプの違う4投手をつないでの勝ち上がりは、かなり画期的であった。また、打線は日替わりヒーローが飛び出す形で、豪打ではなくとも、大事な場面で誰かが必ず決定的な仕事をしてみせた。まさに投打で全員野球を体現した、この年の拓大紅陵の戦いぶりは、時代が令和に進んだ今も高校野球ファンの記憶に残り続けている。

1992年全国高校野球 西日本短大付 森尾和貴投手

コメント

タイトルとURLをコピーしました