北の王者が誕生した、壮絶乱打戦
大会前は、ダルビッシュ有(パドレス)を中心に悲願の全国制覇を狙う東北、涌井秀章(中日)を擁する横浜、大阪大会決勝で大阪桐蔭との延長引き分け再試合を制したPL学園、5季連続出場の明徳義塾の4強と目されていた2004年の選手権大会。しかし、上記4校はベスト4を前にいずれも敗退。大会序盤から強豪同士の潰しあい(初戦で日大三vsPL学園など)が多く、波乱の展開となった。
そんな混迷気味の戦いの中、決勝戦は、北国勢初の全国制覇を目指す駒大苫小牧と、初出場での春夏連覇という未だかつてない大偉業を狙う済美の2校の間で争われることとなった。
駒大苫小牧は1990年代に若き指揮官・香田監督が就任し、2001年夏に久々の甲子園出場を果たすと、一気に北海道の高校球界を引っ張る存在となっていった。大昭和製紙北海道で全国制覇を果たした我喜屋監督(のちに興南で春夏連覇を成し遂げる)に師事し、雪を言い訳にせず、走塁とカバーリングを含めた守備を徹底的に鍛える野球を貫く。すると、それまで冬場は体力トレーニングや素振りに明け暮れていたその他の高校とは一線を画すようになり、試合の中での細かい状況判断で一歩抜きんでたプレーができるようになった。
前年に当たる2003年は春夏連続出場を果たし、さらなる躍進を見せるが、春は守乱と走塁ミスが絡んで初戦敗退。特に、8回の同点機でレフトが弱肩ながら、走塁を躊躇して帰れなかったことが悔やまれた。試合後に藤代・持丸監督に「北海道の野球は優しい」と嫌味を言われ、香田監督は悔しい思いをした。そして、さらに無念だったのが夏の甲子園。1回戦で好投手・陶山を擁する倉敷工と対戦し、8-0とリードしながら雨天中止に。再試合で敗退し、勝っていたはずの試合を落として、またも初勝利はならなかった。
倉敷工vs駒大苫小牧 2003年夏 | 世界一の甲子園ブログ
だが、この悔しい経験を2年生で経験した鈴木・糸屋・主将の佐々木などが残ったチームは地力を秘めていた。もともと中学時代に全中でベスト8入りした実績があり、香田監督の野球に魅力を感じて集まってきた有望な世代だった。
ただ、この年は同じ室蘭地区に選抜出場の鵡川、好左腕・木興(ロッテ)と全国区の強豪がおり、この中で全道大会に進めるのは2校だけという厳しい組み合わせになった。ただ、練習試合を強豪と組むのが大変な北海道にあって、これだけのライバルな身近にいたのは大きかっただろう。秋は決勝で無川に3-7と敗退したが、夏は相手エースの故障もあって8-0とリベンジ。決勝では木興を攻略して6-3と勝利し、2年連続の代表をつかんだ。
初勝利を目指しての選手権大会。初戦の試合前に前3年生からの手紙で気合を入れなおしたナインは15安打7点の猛攻で佐世保実を圧倒し、ついに初勝利を達成。すると、3回戦では日大三・浅香、準々決勝では横浜・涌井と好投手を連破し、快進撃を見せる。7番林に至っては、涌井からサイクルヒットをマークする快挙を成し遂げる。これは、マシン打ちが流行る中で、スローボールを体幹を活かして打つ練習をした成果であった。また、岩田・鈴木の左腕2枚看板も強力。日大三戦は二人で17三振を奪っており、球速は130キロ台でも伸びが桁違いであった。
香田監督の積み上げた隙の無い野球に、才能あふれる選手たちの投打が加わり、まぎれもなく実力通りの快進撃である。準決勝では、これまた勢いに乗る強打の東海大甲府との乱打戦を10-8で制し、ついに初勝利からの決勝進出という快挙を成し遂げたのだった。

一方、済美は創部3年目での躍進を見せ、2004年の高校球界の顔と言ってもいいレベルのチームになってきていた。上甲監督は宇和島東を1988年の選抜で初出場初優勝に導いた名将。アイデアマンとして有名であり、ゴルフボール打ちやエルゴメーターを使用した陸上トレーニングなど革新的な練習方法で結果を残してきた。平成に入ってからも、平井正史(オリックス)、岩村明憲(ヤクルト)など多くの好選手を育てあげてきたが、今治西・松山商など県内の強豪の復活・台頭に伴い、以前ほどの勢いはなくなってきていた。
そんな最中、2001年夏の決勝で松山商に惜敗して甲子園出場を逃すと、奥様の逝去による心境の変化などもあり、縁あって2002年から共学となった済美の野球部監督に就任することとなる。宇和島東時代は、初出場初優勝だったとはいえ、前年夏にも出場しており、ある程度地盤がある中での戦いだった。しかし、この済美では一から先輩がいない状況ですべてを教えることに。これはさぞかし大変だったとは思うが、上甲監督にとっては新境地を開拓する思いだったかもしれない。
そして、2003年の秋、済美は快進撃を見せる。福井(広島)-西田の下級生バッテリーを甘井、高橋(阪神)、鵜久森ら強打者を擁する打線が支え勝ち上がっていく。豊富な練習量で得た体力・自信に加え、1年生の頃から試合に出続けた経験値が彼らにはあったのだ。四国大会準決勝では当時四国最強と目された明徳義塾を相手に何と0-7からの逆転勝ちをおさめ、そのまま初優勝を達成。さらに勢いに乗って挑んだ神宮大会では、ダルビッシュ擁する東北に7-0とコールド勝ちし、全国に衝撃を与えたのだ。全国の高校野球ファンにとっては突如現れた新顔に何度も驚かされることとなった。
さらに、その驚きは選抜でも止まらず、1回戦は土浦湖北のエース須田(DeNA)を打ち込んで勝つと、2回戦は東邦・岩田(中日)に打線が1点に封じられるも、エース福井が完封ピッチを見せ、1-0と競り勝つ。そして、ハイライトは何と言っても準々決勝・東北戦。秋のリベンジに燃える相手に終始試合をリードされるも、2-6の9回裏に驚異の追い上げを見せる。最後は、3番高橋の逆転3ランが飛び出し、劇的なサヨナラ勝ち!優勝への分水嶺を乗り切ったナインは、準決勝の明徳義塾、決勝の愛工大名電を1点差で振り切り、上甲監督にとって史上2校目となる初出場初優勝を果たしたのだった。
だが、この年の済美の本当のすごさはある意味夏だったのかもしれない。エース福井の好不調の波の大きさや打線の浮き沈みなど、やや投打に粗さのあるチームカラー。夏は意外なところであっさり敗れる可能性も、と自分は当時思っていた。実際、3番高橋が不祥事でいなくなり、4番鵜久森は内角攻めに苦しんで、夏の愛媛大会は16打数2安打と絶不調だった。
ところが、打率7割5分をマークした7番野間をはじめ、他のナインの奮起で愛媛大会を制すると、本戦では主砲が見事に復活する。初戦は秋田商の剛腕・佐藤剛(広島)が相手だったが、そのインハイの速球をとらえた打球は弾丸ライナーでレフトスタンドへ消えていったのだ。天性のプルヒッターが目を覚ますには十分な当たりであり、その後、3回戦の岩国戦、準決勝の千葉経大付戦と大会で3本のホームランを放ち、もはや抑え込むことは不可能と思させる好調ぶりを見せた。また、投げては2回戦で8失点と乱れた福井が、3回戦以降の3試合を計3失点に抑えて復調。荒れ球ながら要所を締める投球が光り、チームを2季連続のファイナルへ導いたのだった。
打たれても取り返す、道産子球児の底力
2004年夏決勝
済美
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 2 | 3 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 10 |
| 1 | 0 | 2 | 3 | 0 | 3 | 3 | 1 | × | 13 |
駒大苫小牧
済美 福井→藤村→福井
駒大苫小牧 岩田→鈴木

北国の初優勝か、春夏連続の初出場初優勝か。いずれにしても史上初の快挙となる歴史的一戦に周囲は胸を高鳴らせていた。ただ、両チームともに不安要素は抱えていたのだ。駒大苫小牧は2枚看板の一人である左腕・岩田のマメがつぶれており、従来のような切れ味抜群の投球は難しい。一方、済美は2年生エース福井がほとんど一人で投げぬいてきており、スタミナに不安があった。
その反面、両チームとも打撃は絶好調。駒苫は準々決勝でサイクルヒットを放った林がついに3番へ昇格。打率7割を超す5番糸屋をはじめ、4割以上をマークする打者が上位から下位までずらりと並んだ(なにせ結局チーム打率が4割4分8厘になるのだから笑)。一方、済美は前述した鵜久森に加え、選抜でもう一つ調子が上がらなかった1番甘井、5番西田が復調したのが大きい。攻撃型2番小松、つなぎの役割ができる代役3番水本をはじめ、どこからでも攻撃が仕掛けられる強力打線となっていた。
また、あまり知られていないことかもしれないが、愛媛勢は北海道勢に相性が悪く、対戦成績を大きく負け越していた。上甲監督自身、宇和島東時代に1994年が北海、1997年が函館大有斗と対戦して敗れている。特に1994年は4季連続出場で優勝を狙っての初戦だっただけにショックも大きかった。この代の済美も神宮で鵡川に敗退しており、選手はともかく監督が非常に苦手意識を持っていた。立場上は春夏連覇を狙う済美に駒大苫小牧が挑む形だったが、実質的に実力は拮抗しており、上甲監督としては嫌な感覚があったのかもしれない。
前半戦
試合は初回から乱打戦の模様。1回表、済美は1番甘井が高めの速球をライト前にヒットすると、犠打・暴投・四球と続き、1アウト1,3塁とチャンスが広がる。ここで4番鵜久森はチェンジアップで三振に取るも、5番西田に速球を右中間ははじき返されて2者が生還。岩田にとって生命線となる直球のキレがなく、済美打線の餌食となる。一方、済美・福井も明らかに体が重そうであり、1回裏、先頭打者に死球を与えると、好調の3番林に高めのスライダーを右中間へ運ばれ、すぐさま駒苫が1点を返す。
波乱の幕開けとなったが、重症なのは駒苫・岩田の方である。2回表、先頭打者に対して、ストレートが高めにふけてしまい、四球を出すと、犠打で2塁へ。ここで9番福井がライトへ鮮やかな右打ちを見せ、1,3塁とチャンスを拡大する。福井はこの打撃が本当にうまい。1番甘井は警戒して四球となると、2番小松が浮いた速球をとらえてレフトへ犠飛。さらに続く3番水本にも四球を与えたところで、たまらず駒苫は2番手の鈴木をマウンドへ送る。
岩田には気の毒なマウンドだったが、この場面、捕手の糸屋と主将のショート佐々木はマジキレしていたそう。2000年の智辯和歌山の堤野もそうだったが、甲子園の決勝の舞台でも厳しさを持ちづつけるチームだからこそ、頂点に輝けるのだろう。
だが、緊急登板となった鈴木もなかなかこの展開で自分のピッチングをするのは難しい。彼も全試合に登板しており、疲労はたまっているのだ。4番鵜久森、5番西田に連続四死球を与え、押し出しで2点を追加。2回を終わって5-1と大きくリードを許す。決勝戦でまだ7イニングを残し、果たして鈴木のスタミナは持つのか。あと何点取られるのか。そんな重苦しい立ち上がりとなる。
しかし、「北海道をなめるな」の合言葉を胸に何度も逆境を跳ね返してきた駒苫打線は、簡単にはあきらめない。3回裏、強打の2番沢井がヒットで出ると、5番糸屋はスライダーを、6番佐々木は高めの速球をはじき返し、2点差とする。済美ナインが突き放しても追ってくる駒苫打線に脅威を感じていたが、それは済美バッテリーの工夫した内角攻めにも臆することなく踏み込んで打ちに行った二人の強打のなせる業だっただろう。
こうなると、追うものの勢いが出てくる。鈴木が自分の投球を取り戻し、4回表にはショート佐々木の好守備もあって3者凡退。守りから流れを作る。
すると、4回裏、福井を攻略しにかかった。9番の五十嵐が小柄なラストバッターとは思えないプルヒッティングでライトオーバーの3塁打を放つと、1アウト後に2番沢井のタイムリーで5-4。さらに連続死球で満塁となると、5番糸屋は三遊間を破るタイムリー…と思いきや2塁走者の林に当たってしまい、守備妨害となる。嫌な流れでアウトカウントが増えたが、ここを救うのは主将の役目。佐々木が高めの速球をセンターへ打ち返し、2者が生還してついに試合をひっくり返した。
直後の5回表、済美打線が再び鈴木に襲い掛かるのだが、駒苫の堅守が光ることとなる。7番田坂がショート内野安打で出塁。ここで佐々木の送球がそれたのだが、セカンドとキャッチャーが素早いカバーリングで阻止し、2塁は与えない。目立たないプレーだが、こういう細部を突き詰めたところに駒苫の強さがある。その後、2アウトから9番福井のライト前タイムリーで同点となるのだが、続く1番甘井のレフトへのヒットでホームを狙った福井は、7-6-2の中継プレーでタッチアウトとなる。「雪を言い訳にしない」という方針から生まれた雪上ノックで鍛えた守備が、土壇場で大事な1点を阻止した。
後半戦
6-6の同点で試合は後半戦へ突入。仕切り直しの大事なイニングである。済美は福井、駒苫は鈴木がマウンドを守ってきている。互いに手の内はほぼ出し尽くしての「第2ラウンド」。いきなり春の王者が豪快なリスタートを見せた。
まずは、先頭の2番小松。鈴木のスライダーが甘く入ったところを逃さずとらえると、打球はレフトスタンドへの勝ち越しホームランに!上甲監督が最も自信を持っている打順であり、攻撃的な意味でおいている2番打者が大仕事をやってのける。さらに3番水本が痛烈なセンター前ヒットで続くと、4番鵜久森は強烈なプルヒッティングでレフト線を破る2塁打を放つ。止まらない済美打線の勢い。浅いカウントから行きつく間もない速攻である。ストレートもスライダーもとらえられ、駒苫バッテリーは窮地に陥る。
だが、ここでバックがエースを助ける。続く5番西田にはセンターははじき返されて水本が生還するが、2塁ランナーの鵜久森はセンター桑原の好返球で阻止。2イニング連続の捕殺を決める。さらに2アウト後、7番田坂のタイムリー2塁打で計3点の勝ち越しとなるが、駒苫の外野守備陣の奮闘がこのままでは終わらないという雰囲気を醸し出していた。
すると、6回裏、ここまで投手陣を苦心のリードで引っ張っていた女房役が試合の流れを押し戻す。先頭の4番原田が四球を選ぶと、5番糸屋が福井の甘くなった内角速球を振りぬく。打球は高々と舞い上がってレフトスタンドへ着弾!打った瞬間に確信の一撃となり、瞬く間に試合は1点差となる。2年生バッテリーにショックを与えるには十分な一発であった。続く6番佐々木には明らかに外れるボールが増えたところで、ついに上甲監督は福井を代え、2番手で右サイドの藤村をマウンドへ送った。
ただ、ここまで幾多の好投手を攻略してきた駒苫打線を相手に、やや球威にかける藤村では荷が重いのは事実であった。犠打で佐々木を2塁へ送ると、2アウト後に9番五十嵐が粘って12球目をレフトへ運び、同点!取られた直後に試合を振り出しに戻す、大きな意味を持つタイムリーだった。
これで勢いを得た駒苫は、7回裏、先頭の3番林がセカンドゴロエラーで出塁。ここにきて済美に痛いミスが出る。犠打できっちり2塁へ進めると、2アウト後に6番佐々木、7番桑島、8番鈴木と3者連続タイムリー!みな、しっかりと自分のポイントまでひきつけてはじき返すという、スローボール打ちの成果が出た打撃であった。
イニングは後2回で3点差。済美としてはここは4番鵜久森からの打順で、絶対に得点が欲しい場面だ。その鵜久森がレフトへのヒットで出塁すると、5番西田もヒットで続く。鈴木もさすがにここにきて、さらに疲労の色が濃くなる。ここで、愛媛大会から一転して甲子園では絶不調だった6番野間が執念でセーフティスクイズを決めて無死満塁に!7番田坂が大きな当たりの犠飛を放ち、10-12と2点差に詰め寄る。
だが、ここでまたしても駒苫外野陣に好守備が。続く8番新立の打席で2塁ランナーの西田のリードが大きいのを見た糸屋が2塁へ送球。ところが、この送球が外野にそれてしまう。当然、西田は3塁を狙って走るが、これをセンター桑原が好送球で刺し、タッチアウト!両者の明暗を分けるあまりに大きなプレーであった。この後、新立が倒れて無得点に終わると、8回裏、駒苫は糸屋が、再登板した福井から試合の行方を決定づけるタイムリー!再び差を3点に戻し、最終回を迎えた。
その9回表、済美は9番福井、1番甘井の長短打で無死1,3塁のチャンスを迎える。この大会、このコンビで幾度となくチャンスメークしてきた。ここで打席には2番小松。一発出れば同点の場面で、しかし、打球はショートゴロ併殺に。力みがあったか、打たされる格好となってしまった。しかし、途中出場の3番坂本が四球を選び、2アウトながら1,3塁で打席には今大会3ホームランの4番鵜久森。一発出れば同点の場面を迎え、熱い戦いを続けてきた2004年の夏も最高潮のボルテージを迎えた。
だが、最後まで攻める気持ちを忘れなかった道産子たちは、鵜久森に対しても逃げなかった。インコースのボールを何度もレフトへかっ飛ばしてきたスラッガーに対し、勝負しにいったインハイ速球を鵜久森は打ち上げる。高々と打ちあがった打球は、背走したキャプテン佐々木がつかみ取ってゲームセット!それまで白河の関を超えなかった大旗が、なんと一気に津軽海峡を越えることとなり、グラウンドに最高の笑顔がはじけ飛んだのだった。
まとめ
駒大苫小牧のなしえた功績はことのほか大きかった。正直、大会前までは、駒大苫小牧が優勝するようなムーブメントは一切なく、私自身も選抜出場の強打の鵡川にコールド勝ちしたのだから、今年こそは1勝はできそうかと、当時思っていた程度だった。それが、初勝利を皮切りに、関東の強豪を3タテし、おまけに最後は選抜優勝校を倒しての王座獲得だ。これ以上ない快挙であり、北海道に勇気を与える優勝だった。
そして、その野球の中身は、やはり走塁とカバーリングをとことん突き詰めた隙のなさにつきるだろう。試合中に少しでも抜いたプレーをしたら容赦なく外すという徹底力が、香田監督のもと、貫かれていた。このやり方で、プロ注目選手を擁するような強豪校にも勝てるんだという意識付けができ、ここから駒苫は3年連続でのファイナル進出という快挙を成し遂げることになる。駒苫の野球をモデルケースにしたチームも多く、特に東北地区では花巻東や聖光学院など影響を受けるチームも多かっただろう。その活性化が、2022年の仙台育英の初優勝にもつながったと見る人は多い。
そして、この2004、2005年の駒大苫小牧、2006年の早稲田実、2007年の佐賀北とノーマーク校が勝ち続けた4年間は、高校野球の魅力が存分に詰め込まれた4年間でもあった。今でも、この時代の高校野球を思い出して胸を熱くさせる人は多いはずだ。
一方、敗れた済美も素晴らしい野球を見せたことは衆目の一致するところだろう。福井はさすがに疲れからいつもの球威ではなかったが、粘り強い投球でなんとかマウンドを守ろうと奮闘した。やや精神面で未熟さのあった選抜から大きく成長した姿を見せた夏であった。
また、打線は上甲監督の徹底して体力づくりの成果もあり、初戦から決勝戦まで打ちまくった。特に、4番鵜久森は3本のホームランを放ち、自分の打撃を貫くことで大きな成果を上げることができた。「やればできるは魔法の合言葉」という効果の文言通り、数々の逆境に負けずに勝ち取った2004夏の準優勝は、選抜優勝と同等かそれ以上に価値のあるタイトルだったと言えるだろう。その後も、2013年選抜で準優勝、2018年夏にベスト4と甲子園で躍動し、2025年夏にも復活出場を果たすなど、県内の高校野球を牽引する存在となっている。
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