独断と偏見で選ぶ、2002年春にベスト8へ進めなかったイチオシの好チーム

2002年

広陵(広島)

1 西村 9 黒田
2 白浜 10 重森
3 藪根 11 岩崎
4 羽野 12 岡田
5 中東 13 酒井
6 中塚 14 森宗
7 槇原 15
8 黒川 16 横手

V候補筆頭を苦しめた「サクラの広陵」

戦前の中等野球時代から存在感を示し、選抜で優勝経験もあった伝統校・広陵。1991年にはまだ20代だった若き指揮官・中井監督のもとで2度目の選抜制覇を果たすのだが、広島商・高陽東・如水館などライバル校の前に行く手を阻まれてきた。しかし、2000年選抜にエース川本(巨人)、4番若林の投打の両輪を軸に久々の出場を果たすと、そこから復活の道のりを歩み始める。

前年にあたる2001年の選抜は、神宮Vの東福岡に初戦で敗れたが、初回に5点を先行され、一時は0-8と大量リードを許しながらも、最終的に4点差まで追い上げた。このあきらめない姿勢を示した試合で下級生時からメンバーに入っていた黒川黒田中林藪根が成長し、秋の中国大会では4強進出。優勝した関西にも2-3と惜敗であり、実力は高く評価されていた。特に2年生エース西村は重い速球を武器に、安定感ある投球を見せており、この西村の投球が選出の大きな要因となった。

1回戦

広陵

1 2 3 4 5 6 7 8 9
2 0 0 0 0 0 1 1 0 4
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

中京大中京

さて、地区大会4強ながら、実力は十分と評価されての3年連続の大舞台。しかし、いきなり初戦の相手が最多優勝経験校の中京大中京となった。過去の甲子園でも対戦経験のある伝統校は、名将・大藤監督が就任し、1997年の選抜でエース大杉を中心に復活の準優勝を果たし、徐々に勢いを取り戻してきていた。2000年夏は2回戦で優勝した智辯和歌山に敗れたものの、6-7と善戦しており、「あの試合で負けていたら、そのまま中京が優勝していたかも」と高嶋監督に言わしめるほどの強さがあった。

こうして、流れに乗り始めていた名門校は、前年秋の東海大会を圧倒的に勝ち上がる。のちに慶応大学で活躍する技巧派左腕・中根と140キロ台の速球を誇る本格派右腕・深町という強力な左右2枚看板を擁し、ディフェンス面は安定。打線は、50メートル5秒台の俊足を誇る1番三瓶がかき回し、日本代表にも選ばれた好打者の3番菅原、パワーのある4番丹羽の中軸が返すパターンで、着実に得点していく。投打ともにバランスの取れた陣容であり、秋の神宮では優勝した報徳学園に最も善戦したチームでもあった。

こうして、初戦から名門同士の一騎打ちが実現することとなり、勝った方は、翌日の第一試合で対戦する神宮王者・報徳学園vs昨夏の王者・日大三の勝者と対戦するという鬼ブロックであった。広陵が西村、中京大中京が中根と両エースが先発。その初回、いきなり広陵が強烈な先制パンチを浴びせる。

1回表、1番黒川は打席でじっくり時間をかけて準備をし、3年連続出場の余裕を感じさせる。四球で出塁すると、2番羽野が併殺打でいったんチャンスが消えるが、中京・中根のリズムを簡単にリズムには乗せない。3番黒田が死球で再びランナーを出すと、打席には主砲・中東。「タイミングの取り方には自信がある」という4番打者がインサイド寄りの速球をうまくとらえると、打球はレフトポール際への先制2ラン!前評判では不利と言われていた広陵が主導権を奪った。

このリードで2年生エースの西村が勢いに乗る。序盤はやや制球がばらついたが、力のある速球は狙っていたもなかなかとらえることが難しい。2回から4回まで毎回ヒットを許すものの、ストライクゾーンで次々勝負するため、打者優位での戦いにならず。特にキーマンと思われた1番三瓶が全く出塁できず、中京の攻撃のリズムができない。

すると、初回の2点以降は踏ん張っていた中根が終盤、再び広陵打線に捕まる。7回には5番槇原が、8回には4番中東がいずれも3塁打を放ち、それぞれ1点を追加。リードを4点に広げると、9回には得点こそ上げられなかったものの3安打を放ち、終盤は完全に広陵ペースとなる。結局、西村は9回を投げ切って強打の中京打線を5安打で完封。V候補の一角だった東海王者を圧倒し、2年ぶりとなる選抜勝利を飾ったのだった。

2回戦

広陵

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 1 0 0 0 0 2 0 0 3
0 0 2 1 0 0 2 0 × 5

報徳学園

こうして、強豪対決を制して迎えた2回戦の相手はV候補筆頭の報徳学園。最速147キロを誇る本格派右腕・大谷と、俊足巧打の大型トップバッター尾崎(日本ハム)や打率7割を誇った3番松下ら強打者の居並ぶ打線で、2度目の選抜制覇を現実的な目標ととらえていた。神宮では少し故障のあったエース大谷を登板させずに優勝してしまうのだから、いかにこの年代で圧倒的な存在だったかがわかる。

そんな報徳学園に広陵が挑む構図かと思われたが、試合が始まると広陵が押し気味となる。本格派投手・大谷の立ち上がりの脆さをつき、先頭打者をセカンドのエラーで出塁させると、続く打者の犠打は失敗させたものの、6番藪根にはストレートをライト前に運ばれる。続く7番中塚の打席で中井監督がエンドランをかけると、これに中塚が応え、広く空いた三遊間を破るタイムリーに!この回、8番白浜にもヒットが飛び出し、序盤から剛腕・大谷を圧倒する。

ただ、このリードが力みにつながったか、若きエース西村が3回裏に乱れる。先頭の7番木下に粘って四球をもぎ取られると、8番前山の打席でこちらもエンドランを敢行。ショートの横を抜くヒットとなり、俊足の木下は3塁を陥れる。続く9番荒畑はプッシュ気味のスクイズを決めて、まず同点。さらに1番尾崎が送って2,3塁となると、2番橋本の打席で暴投が飛び出し、報徳が逆転に成功する。

リードした報徳は3回裏にも、先頭の4番長畑がセンターへのラッキーな2塁打で出塁。犠打で3塁へ進むと、6番石井がカーブをきれいにためて右方向へ打ち返し、3点目を上げる。西村の調子は決して悪いわけではなかったのだが、下位まで強打者の並ぶ報徳打線に苦しむ。

一方、2回に幸先よく先制した広陵だが、6回まで8安打を放ちながらも1点どまり。これは後年の甲子園を見ても、広陵の負けパターンあるあるなのだが、ヒットが出ながらもあと一押し、あと一本が出ず、2桁安打を放っても得点が3,4点どまりなことがよくある(2007年佐賀北戦は13安打で4点、2008年横浜戦は11安打で4点。いずれも敗退)。この試合もその展開になりつつあったが、7回表についに大谷をとらえる。

この回、1アウトから4番中東がサード強襲のヒットで出塁。5番槇原が四球でつなぐと、打席には女房役の6番藪根が入る。大谷のアウトコースのストレートをとらえた打球は、バットの真芯を食ってぐんぐん伸びる。背走したセンター木下の頭上をあっという間に破り、ランナーが次々に生還!大谷が得意とする速球をとらえ、あっという間に同点に追いつく。

しかし、それもつかの間、7回裏に再び西村がつかまってしまう。先頭の6番石井が高めのスライダーをとらえ、左中間を破る2塁打で出塁。続く7番木下がサード前へ絶妙のセーフティを決めると、これを処理した西村が1塁へ悪送球し、報徳がすぐさま勝ち越しに成功する。さらに、その間に木下が一気に3塁を奪うと、8番前山はストレートにやや差し込まれながらもセンターの前に落とす技ありのタイムリー!報徳の試合巧者ぶりの前に、西村が持ちこたえられなかった。

西村はこの回が終わったところで降板。強力打線を相手によく投げたが、暴投やバント処理ミスなど投球以外でもったいない部分が多かった。他のチームなら少し力を抜ける下位打線で、次々に中軸クラスの打者が登場する報徳打線の分厚さに苦しむこととなった。一方、再びリードをもらった大谷は、結局広陵打線に12安打を浴びながらも3失点で完投。最終回も二人ランナーを背負ったが、最後は先制打を浴びた中塚をレフトフライに打ち取り、苦しい試合を制した。

ただ、敗れはしたものの、広陵はこの試合で大いに自信をつけた。同年夏は、県決勝でライバル広島商との対決を制し、22年ぶりの選手権出場を達成。日本航空・中京と倒し、8強入りを果たした。そして、西村白浜のバッテリーがそのまま残った翌年選抜は、ディフェンス力がさらに安定。1年生からベンチ入りしていた上本博(阪神)や主将・藤田が引っ張る打線とかみ合い、3度目の選抜制覇を果たすこととなる。この2002年の大会は、その復活の足掛かりを確固たるものとした、重要な大会であった。

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