機動力封じ込めたバッテリーの妙
2008年は優勝争いが混沌とし、有力校が乱立する読みづらい大会となった。そんな中、前評判通りの力を発揮した2校が、3回戦2日目の第1試合で激突した。

浦添商は、名将・神谷監督に率いられ、年々力を蓄えて、沖縄の頂点を伺っていた。しかし、2年生エース伊波を擁した前年夏は、決勝で興南との引き分け再試合に敗れ、惜しくも甲子園出場ならず。そして、秋から春にかけてはエース東浜(ソフトバンク)を擁する沖縄尚学が躍進し、2度目の選抜制覇を達成する。夏の甲子園出場へ向け、ナインは忸怩たる思いで強化に挑んだ。
その甲斐あってか、春の九州大会ではエース伊波が快投し、準優勝。しかし、夏の沖縄大会前にチームを引き締める出来事があった。リリーフ投手の島根が、チームの約束事に反したため、神谷監督がベンチ入りから外したのだ。これは内部を引き締める出来事であり、神谷監督の教育方針を強く示すものであった。すると、夏の沖縄大会では決勝で沖縄尚学・東浜の立ち上がりを攻めて5得点。このリードを伊波が守り切り、念願の甲子園行きを勝ちとった。
迎えた本戦では初戦で飯塚との九州対決に。好左腕・辛島(楽天)から7得点を奪うと、投げては伊波が無四球無三振の効率的な投球でマダックスを達成。手元で動くカットボールを駆使し、打たせて取った。そして、2回戦の千葉経大付戦では持ち前の機動力野球が、剛腕・斎藤(巨人)を呑み込み、3回までに10得点。暴投で2塁から一気にホームインするなど、ダイヤモンドを縦横無尽に駆け巡った。伊波は終盤に相手打線の反撃にあい、10-2から10-9まで詰め寄られたが、そこからなんとか踏ん張り、辛勝。V候補対決を制し、3回戦へとコマを進めてきた。
浦添商vs千葉経済大 2008年夏 | 世界一の甲子園ブログ

一方、関東一は1987年選抜で準優勝の実績がある伝統校だが、1994年夏を最後に出場から遠ざかっていた。昭和後期から平成序盤は王者・帝京の黄金期であり、関東一と二松学舎大付の2校は幾度も苦汁をなめさせられてきた。しかし、この年は広瀬、江川の中軸を中心に打力には定評があり、2番新井を中心に持ち前の機動力も健在であった。長身右腕・松本がエースの投手力にはやや不安を抱えていたものの、前年秋の東京大会を久々に制し、選抜出場権を獲得。米澤監督になってからは初となる甲子園出場を勝ちとった。
その米澤監督は、スパルタ式の帝京・前田監督と違い、選手と近い距離での対話を重視するスタイル。年齢が若いこともあり、どちらかというと兄貴分的な存在であった。その柔らかい物腰や雰囲気に惹かれ、関東一を進学先にきめた選手も少なくなかっただろう。上位進出を目論んで迎えた選抜は初戦で明徳義塾の左腕・南野を打てずに1-3と敗れたが、夏は自慢の打線が爆発し、7試合で30盗塁と機動力も絡めて大量点を奪って連続出場を達成。手ごたえを感じて、聖地に乗り込んできた。
その甲子園初戦では常総学院との関東勢対決となったが、関東一打線の破壊力が常総を圧倒する。3回に四死球から得たチャンスに、4番江川の走者一掃打などで大量5点を奪うと、6回裏には再び打者一巡の猛攻!江川のグランドスラムが飛び出すなど、常総の細かい継投策をものともせず、13-5と大勝で選抜に成しえなかった初戦突破を果たした。2回戦は初戦の逆転サヨナラ勝ちで勢いに乗る鳴門工に対し、2番新井の盗塁や3番広瀬の一発と硬軟織り交ぜた野球でリードを奪う。これをエース松本が2失点完投で守りきり、5-2と勝利し、実に1985年以来となる3回戦へコマを進めてきた。
決勝打は好調・核弾頭
2008年夏3回戦
浦添商
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 |
| 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | × | 1 |
関東一
浦添商 伊波
関東一 押久保→白井

さて、勢いに乗る両チームの先発だが、浦添商がエース伊波だったのに対し、関東一はここで右サイドハンドの押久保を持ってきた。機動力豊かな浦添商に対し、思い切った策であったが、これが奏功することとなる。
1回表、ここまで2試合で8打数5安打と大当たりの1番漢那にいきなりヒットを許し、エラーも絡んで1アウト3塁のピンチ。しかし、ここは右サイドからの癖球で3番伊波、4番山城を打ち取って、まずは大事な立ち上がりを無失点に抑える。
これに対し、関東一打線も初回から伊波に襲い掛かり、1,2回と2アウトからランナー出し、盗塁を敢行。ところが、これがいずれも捕手・山城の好送球で刺されてしまい、チャンスを広げきれない。互いに機動力豊かな両チームだけに、その機動力に対する対処の仕方もよくわかっているか。
試合が動いたのは3回表。浦添商は8番新田、1番漢那のヒットで1アウト1,3塁とチャンスを作る。ここで打席には2番上地。関東一バッテリーは当然警戒していたが、これを上地がかいくぐってっスクイズを敢行する。これが捕手・中村の落球を誘い、記録は野選。3塁ランナーがホームを駆け抜け、浦添商が先制点を奪う。
しかし、直後の3回裏に関東一もすぐに反撃を開始。先ほどの名誉挽回とばかりに7番中村がヒットで塁に出ると、2つの犠打で進塁し、2アウトながらランナーは3塁に。ここで1番泉澤の痛烈な打球が3塁を強襲してエラーとなり、同点に追いつく。このあたりまでは、関東一の攻撃も盗塁阻止はあったとはいえ、ある程度はまっているようには見えた。
関東一・押久保は右サイドからコントロールよく内外に投げ分け、四球はわずか1と好投。6回までを1点に抑え、この大会初めて浦添商打線を沈黙させる。米澤監督にとって、奇襲とも呼べる起用だったが、この投手起用は実にうまくはまっていた。
ところが、予想外だったのが、攻撃面。序盤からヒットは出ており、1,2回と盗塁も仕掛けたのだが、試合が進むにつれてそれがかなわなくなる。浦添商バッテリーも対策は十分に練ってきており、一球ごとに間合いをかえることで、1塁ランナーにスタートを切るきっかけをつかませない。あれだけ走って崩してきた関東一の機動力が試合後半からぱたりとやみ、浦添商が守りからリズムを作っていった。
すると、7回表、浦添商は先頭の5番宮平の2塁打を足掛かりに、7番当山加のヒットなどで1アウトながら満塁と絶好のチャンスを迎える。打者3巡目に到達し、サイドハンドに対してもチーム全体が慣れ始めていた。ここで打席には好調の1番漢那。押久保の外角を突いたボールに対し、うまい流し打ちを見せると、打球は三遊間を真っ二つに破る2点タイムリー!大きな勝ち越し点を上げ、押久保はこの回でマウンドを降りた。
リードをもらった伊波は、直後の7回裏に1年生の代打・宮下にヒットを許し、暴投で2塁へ進まれる。しかし、ここでも落ち着いた投球で関東一打線を0封。140キロ台の速球を内外に投げ分け、同じコースからスライダー、カットボールを交えて打たせて取る。関東一の機動力も強打も封じきった浦添商バッテリーの完勝であった。
関東一も8回から2イニングを一年生左腕の白井が無失点抑え、控え投手2人で強打の浦添商打線をトータル3点でしのいだのは、米沢監督にとっては想定以上だっただろう。ただ、それ以上に浦添商バッテリーが成熟し、隙を与えないコンビに仕上がっていたのだ。結局、伊波は関東一打線に8安打を浴びながらも1失点で完投。センバツの沖縄尚学に続き、沖縄勢として春夏連続の8強入りを成し遂げたのだった。
浦添商はこの後、準々決勝では慶応との延長戦の激闘を制して、1997年の最高成績に並ぶ4強入り。タイプの違う関東の強豪3校を下し、その強さを見せつけた。抜群の機動力、引き出しを多く持つ伊波・山城のバッテリー、そして、毎回優勝したかのように喜ぶ試合後のハグ笑と色んな意味でインパクトを残した、この年の浦添商。2008年の夏の甲子園における主人公と言えば、このチームと感じたファンも多いのではないだろうか。
一方、関東一は惜しくも敗れはしたものの、久しぶりの甲子園1勝からベスト16まで勝ち上がった手応えはあっただろう。この2年後、一年生で甲子園を経験した宮下と白井が投打の軸となり、この年果たせなかったベスト8入りを達成。米沢監督の、「現代っ子」にあった指導が功を奏したか、ここから安定して結果を残し、今は東東京で二松学舎大付と二強を形成するまでになっている。この夏の快進撃が、そのきっかけとなったことは間違いないだろう。


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