智辯学園(奈良)
| 1 | 秦 | 9 | 松山 |
| 2 | 岡崎 | 10 | 小谷 |
| 3 | 上田 | 11 | 金田 |
| 4 | 大西 | 12 | 森本 |
| 5 | 逢坂 | 13 | 前田 |
| 6 | 戎谷 | 14 | 吹石 |
| 7 | 加治前 | 15 | 大古 |
| 8 | 三島 | 16 | 荒川 |
絶対的エースと強打で目指した全国制覇
1970年代から県内2強として君臨し続けた天理と智辯学園。1978年で1県1代表制になってから2000年までの間を見ても、この2校以外で代表になったのは、1993年と2000年の郡山だけだ。それだけ、この2校の存在感は突き抜けており、またどちらかの連続出場が続いたとしても最大で3年連続までであった。ところが、甲子園での戦績においては、天理の方が上回っており、1997年に悲願の選抜制覇を果たし、これで春夏計3度目の優勝だったのに対し、智辯学園の最高成績は1995年夏のベスト4であった。
しかし、その選抜優勝を果たした1997年夏に智辯学園が決勝で天理を2-1とサヨナラで破ると、風向きが少しずつ変わり始める。天理の不祥事もあったことで、勢いに陰りが見え始めると、智辯学園が代表の座を独占するようになる。1998年、1999年と連続出場を果たし、そして、2001年度のチームへ全国制覇を狙えるほどの好チームへと成長していく。
この代の強みは何と言っても、エースの秦裕二(横浜)。140キロ台の力のある速球を右打者のインサイドへも強気で投げ込むことができ、打者に簡単に踏み込みを許さない。秋の近畿大会では、準々決勝で関西創価・野間口(巨人)との投げ合いに1-2で敗れたものの、準々決勝敗退校の中で最もチーム力を評価され、真っ先に選出された。
そして、迎えた選抜大会。相手は初出場ながら地力を高く評価されていた、神奈川・桐光学園だった。秦は立ち上がりから強気の攻めを見せ、大会屈指のスラッガーである3番石井に対しても、臆することなくインサイドを突いていった。しかし、打線の援護がなく、0-0の7回についに捕まる。無死満塁のピンチを招くと、右打者へのインサイドが死球となって連続押し出しに。この回、5点を失うと、打線は4番岡崎(阪神)のホームランなどで2点を返すが、反撃も及ばなかった。
選抜の初戦敗退の悔しさを経て、課題は何と言っても打線の強化。例年、強力打線が武器の智辯学園であったが、この年は打力が課題なのは明白であった。夏は期待の1年生・加治前(巨人)が加わり、主砲・岡崎を中心に2年生の主軸打者である上田、松山で中軸を固めて、打線全体の層が厚くなった。
県予選では奈良大付、高田商と県内のライバル相手に打棒爆発とはいかなかったが、きっちり先行逃げ切りの形を作り、接戦を制する原動力となった。守備にやや不安はあったものの、打力を増したことで、夏の甲子園ではV候補の一角に上げられていたのだ。
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1回戦
智辯学園
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 1 | 1 | 2 | 3 | 0 | 0 | 1 | 2 | 3 | 13 |
| 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 |
静岡市立
初戦の相手は、静岡代表の静岡市立。平成序盤~中盤の静岡県は本命不在の時期であり、毎年のように優勝校が入れ替わる乱戦状態であった(まだ常葉勢が台頭してくるのはもう少し後の話である)。そんな中、大沢、木林、萩原の右投手3人を強力打線が支える形で静岡市立が連戦を勝ち上がっていく。特に準決勝の名門・静岡戦は一時7-2とリードしたところからひっくり返されたが、8-10の9回裏に一挙3点を挙げる粘り腰を見せ、奇跡的な勝ち上がりを果たした。投手力にやや不安があるとはいえ、打力には自信を持つチームであった。
試合は、智辯学園の想定を良くも悪くも裏切る展開となる。1回、2回と4番岡崎、1番三島のタイムリーが飛び出し、課題だった打線は順調に得点を重ねる。一方、秦は初回から力み倒してしまい、こちらは連続四球を与えるなど、不安定な立ち上がり。2回裏にも1アウト3塁のピンチを招くが、ここは捕手・岡崎の好判断でスクイズを外し、事なきを得る。
1,2回をうまく立ち上がった秦は3回表に自ら2点タイムリーを放つと、徐々に調子を取り戻す。4回表には上田、戎谷とホームランが飛び出し、打線はプレッシャーから解き放たれて、伸び伸びと力を発揮しはじめた。静岡市立打線も秦によく食らいつき、7安打4四死球で塁上をにぎわせたが、秦に要所を締められて2点どまり。智辯学園が選抜のリベンジを果たし、2年ぶりの夏の甲子園で初戦とパを果たした。
2回戦
智辯学園
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 |
| 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
前橋工
2回戦の相手は群馬の伝統校・前橋工。昭和から甲子園常連校であり、1996年・1997年には2年連続ベスト4と平成になっても結果を残してきた。
ところが、そんな彼らにショックを与える出来事が。1999年夏、桐生第一が左腕・正田(日本ハム)の好投で一気に群馬勢初の全国制覇を達成したのだ。平成に入ってから台頭してきた新興勢力の私立に覇権を奪われてなるものかと、2001年はそのライバルを準々決勝で9-3と圧倒。気持ちのこもった速球勝負が武器のエース江原と好捕手・井野(西武)のバッテリーを中心に4年ぶりの全国切符をつかみ取ったのだ。
本戦では1回戦で福井商と激突。杉田、天谷(広島)、南部と上位打線の破壊力は、あるいは大会でもTOP5に入るくらいの威力があった。ところが、試合日までの練習で1番杉田が骨折してしまうアクシデントが発生。打順の変更を余儀なくされたが、それでも2回までに江原から4得点を奪い、試合を優位に進める。しかし、前橋工は得意の粘りでじわじわと追い上げ、ショート杉田の守備に不安を抱える福井商に迫っていく。最後は相手失策も絡めて7-6と見事な逆転勝ち!福井商が万全のスタメンを組めなかったとはいえ、劣勢をひっくり返した前橋工の勢いは智辯学園にとっても脅威であった。
こうして迎えた両校の対戦。実は甲子園で対戦するのは3度目であり、前回は前橋工が4強入りした1997年に3回戦で対戦。エース佐藤が庄田(阪神)ら強打者の並ぶ智辯学園打線を1点に抑え、6-1と快勝していた。
智辯学園としては、まずは先制して前橋工の勢いを止めたいところ。この狙いを果たすべく、1番三島がヒットで出ると、1アウト1,3塁とチャンスを広げて、4番岡崎がセンターへ打ち上げる。これが悠々犠飛となって三島が生還!智辯学園が1点を先行する。
ここから、試合は智辯学園・秦と前橋工・江原の力のこもった投手戦になるのだが、智辯学園サイドはいかんせん守備力に不安を抱えていた。この試合もなんと4失策を記録し、しかもすべて内野のエラーであった。ベンチでは秦が「しっかりしてくれよ」と怒っていたとか…
それでも度重なるピンチをエースが強気の内角攻めも交えてすべて封じ込めると、9回表に打線がついに応える。7番逢坂が2アウト2,3塁の好機に江原の速球をたたきつけると、打球は高いバウンドで3塁手・一條の頭上を越してレフトへ!2者が生還し、ついに貴重な勝ち越し点を手にした。
厳しい試合展開だが、エースが自分の投球を見せ、打線も粘り強さが出てきた。いよいよ、さらなる上位進出へと期待が高まる完封劇であった。
3回戦
智辯学園
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
| 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 |
| 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | × | 4 |
松山商
3回戦の相手は松山商。あの奇跡のバックホームで全国制覇を成し遂げた1996年以来、5年ぶりの甲子園出場だった。内外野は80を超えると言われるサインプレーを駆使する、鉄壁の守備が生命線。速球派右腕・阿部(近鉄)から技巧派右腕・稲垣への継投をこのディフェンス力で支え、通常ならピンチが広がるような場面でも未然に防ぐプレーが目立った。また、打線はパンチ力のある1番弓達を筆頭に、5年前の優勝時の捕手を兄に持つ3番石丸、勝負強い4番池田と上位打線に力があり、この年はオフェンス力も計算が立った。
愛媛大会では準々決勝で昨夏代表の丹原にサヨナラ勝ちを収めると、決勝では牛鬼打線の宇和島東に7-2から7-6と追い上げを食らったが、最後はリリーフした稲垣が踏ん張って優勝を決めた。甲子園では新興勢力の駒大苫小牧との打撃戦を制すると、2回戦では2年生エース・阿部が九産大九州の強力打線を7回2アウトまで無失点に抑える快投を披露。ここからまさかの6連打を浴びて、一時は1点差にまで詰め寄られたが、最後はまたしても稲垣への継投で逃げ切って3回戦へコマを進めてきた。
松山商vs九産大九州 2001年夏 | 世界一の甲子園ブログ
さて、松山商は投打に力があるところを見せてきたとはいえ、やはり、少し智辯学園に分があるかと思われた。ただ、試合巧者ぶりでは松山商に一日の長があるように思え、この差があるいは勝敗を分ける可能性を、試合前から指摘されていた。
すると、1回裏、2アウトランナーなしから3番石丸が大仕事をやってのける。智辯学園・秦はこの試合も強気の内角攻めを見せるが、そのことを石丸は捕手らしく見抜いていた。インハイのややコースが甘めに来た速球を思い切り振りぬくと、打球は浜風の影響をものともせずにスタンドイン!秦の一番力のあるボールを放り込んだ石丸の一撃は、智辯バッテリーにショックを与えるには十分な一打だった。
ただ、智辯学園も簡単には譲らない。2回表、ヒットの4番岡崎を犠打で送ると、6番戎谷、7番逢坂の連打ですぐさま同点に。1回戦で先発全員安打を記録した智辯学園打線はやはり振れている。すると、秦も2回からは調子を取りもどし、力のある速球、低めに決まるカーブ、スライダーで次々と三振を奪う。同点で試合は中盤戦に突入していたが、流れは徐々に智辯学園に傾いているように見えた。
ところが、5回裏、一気に智辯が暗転する。また、懸念されていた守りのミスからであった。先頭の6番伊藤が打ち上げた打球は左打者特有のスライスがかかりながらレフト線へポトリ。追っていったサード、ショート、レフトの中間に落ちた。ここまでならまだ良かったのだが、これを処理して2塁へ送球したボールをセカンドが後逸。さらにカバーに入っていた野手も追い切れず、そうこうしているうちに伊藤はホームまで帰ってきてしまった。松山商が2-1と一歩前へ出る。
打ち取った打球が、エラーも絡んでそのまま得点へ。さしもの秦でも切り替えるのは難しかったか。さらに、ショックが残ったまま四球でランナーを出すと、犠打で二進後に、1番弓達、2番横松に長短打を浴びて計3点の勝ち越しを許す。この場面でも弓達・横松は基本に忠実なセンター返しを遂行。数少ない好投手の隙に風穴を開けていく、伝統校らしいしたたかな攻撃であった。
野球は、というより、スポーツでは、自分のミスで失った点数はなかなか返ってこない。流れは松山商へ傾いていく。7回表は無死1,2塁のチャンスを作りながらも、7番逢坂への強攻策がセカンドライナーとなって、まさかの4-6-3のトリプルプレーで一気にチャンスが消滅してしまう。流れが悪い時はこういうものである。
秦は6回以降は許したランナーは一人だけ。9三振を奪い、許したヒットは6本のみだったが、そのうち4本が得点に結びついてしまった。智辯学園は最終回に、代打・金田、3番上田の連続長打に好走塁も絡めて3-4と1点差に迫るが、最後は5番松山がアウトコースのスライダーにバットが止まらずゲームセット。松山商がしたたかな戦いで智辯学園を競り落とし、ベスト8進出を決めたのだった。
智辯学園は大会注目のエースに、1回戦で18安打を記録した強力打線を擁し、優勝を狙う力は十分あっただろう(現に国体では夏の優勝校・日大三も下してる)。ただ、いかんせん守りが3試合で8失策と乱れてしまった。やはり、野球は守りでリズムを作るスポーツであり、ここが崩れると安定して勝ち上がることは難しいか。数多くの好選手を擁しながら、この時代の智辯学園は優勝が遠かったが、2016年の選抜でエース村上(阪神)を軸についに優勝を達成。バッテリーを軸にディフェンス力の安定したチームであった。


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