春夏連覇の夢を阻止した東北の雄
2013年の選手権大会は前橋育英が初出場初優勝を果たし、ベスト4のうち3チームが優勝未経験の投道府県代表であった。優勝候補がベスト8を前に卯木次と敗退。そんな波乱の大会の幕開けを予感させたのが、1回戦で実現した浦和学院vs仙台育英であった。選抜王者と神宮王者が1回戦で顔を合わせたのである。
浦和学院は1986年の初出場ベスト4以来、安定して甲子園で力を発揮。1992年、1998年の選抜でも上位に進み、2002年~2003年には好左腕・須永(日本ハム)を擁して、3季連続出場を果たしていた。ところが、2004年の勝利を最後に出場こそ重ねるものの、甲子園6連敗と一転して勝てなくなった。それもほとんどが接戦である。その間も、今成亮(阪神)、赤坂(中日)、鮫島ら強打者はいたが、なかなか結果に結びつかなかった。
しかし、2012年に春夏連続出場を果たすと、エース佐藤が安定感ある投球を見せて春夏それぞれ2勝ずつマーク。特に選抜準々決勝では敗れはしたものの、優勝した大阪桐蔭と2-3と接戦を演じ、大きな自信を手にした。そのチームから左腕・小島(ロッテ)、右腕・山口の投手陣と竹村、山根、高田ら上位打線の残った新チームは秋の関東大会を連覇。堂々優勝候補として甲子園に乗り込んだ。
選抜大会ではエース小島が右打者の内角を強気に突く攻めで相手打線を翻弄。しなやかなフォームからキレのあるボールを繰り出し、北照・敦賀気比といった実力校の打線にも付け入るスキを与えなかった。決勝では打線が爆発して、安楽(楽天)擁する済美から17得点。念願だった全国のタイトルを手にした。
勢いに乗ったチームは夏の埼玉大会も圧倒的な強さで制覇。前年夏の決勝を戦った聖望学園の川畑には苦戦して1-0と辛勝だったが、その他の試合は全く危なげなかった。特にエース小島は球威・キレともに磨きがかかり、準々決勝では完全試合を達成。前半戦は打線の調子がやや上がらなかったが、小島の投球があまりにも安定しているため波乱の予感すら感じさせなかった。
その打線も決勝では川越東を相手に16得点と爆発。上位から下位まで強打者が並び、1年生の津田が入ったことでさらに競争も激化していた。選抜初優勝の強さをそのまま維持して、夏の甲子園に乗り込んできた印象で、史上8校目の春夏連覇に期待がかかっていた。
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一方の仙台育英は2012年秋の神宮大会を4番上林(ソフトバンク)を中心とする強力打線と、鈴木・馬場(阪神)の強力右腕2枚看板で制覇。県岐阜商・藤田、北照・大串、関西・児山(ヤクルト)と好左腕をことごとく攻略しての優勝は圧巻だった。前年に光星学院が3季連続の甲子園準優勝を果たしており、東北勢初優勝を狙うライバルが優勝の一歩手前まで迫ったことは仙台育英に危機感を与えていただろう。
優勝を狙って臨んだ選抜は、初戦で九州大会3試合連続完封の創成館・大野を序盤で攻略。7-2と危なげなくスタートを切る。4番上林はワンバウンドのボールをタイムリーにする離れ業を演じ、イチローばりの打撃技術の高さを見せた。2回戦では早稲田実の好左腕・二山も終盤に攻略して逆転勝ち。V候補筆頭が勢いに乗ったかに見えた。
しかし、準々決勝では高知高校の酒井-坂本の継投策の前に打線がまさかの5安打完封負け。特に2年生酒井の高めに伸びる速球に苦戦し、予定より1イニング多く投げ切られてしまった。投手陣は2失点と踏ん張ったが、やはり打線は水物と感じさせられる大会となった。
雪辱を期して臨んだ夏の大会は打線が好調を維持。上林の周りを巧打の3番長谷川、パワーのある5番水間、選抜でホームランを放った6番小林が固め、宮城大会6試合で48得点と大爆発した。ただ、懸念されたのは失策の多さ。なんと6試合で13失策を記録し、準々決勝の大崎中央戦、決勝の柴田戦ともに序盤で5点のビハインドを背負う苦しい展開となった。
投手陣は味方の拙守に足を引っ張られた面もあったが、やや一本調子になる傾向があった。宮城大会では鈴木の方が安定感で上回っており、馬場は球威はあるものの、やや安定性に欠けた。打線の力は全国でもトップクラスだけにディフェンス面でいかに踏ん張れるかがカギであった。
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屈指の強力打線、選抜V腕沈める
2013年夏1回戦
浦和学院
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
1 | 0 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 |
6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1× | 11 |
仙台育英
浦和学院 小島→山口
仙台育英 鈴木→馬場
1回戦最注目の好カードは、日も暮れかかった時間帯に幕を開けた。投攻守のバランスという点では浦和学院に分があることは明白で、仙台育英としては得意の打撃で接戦に持ち込みたかった。
そして、仙台育英にとって守りのほかにもう一つ懸念材料があった。1番主将・熊谷(阪神)のバッティングである。前年秋の地区大会の打率は3割を優に超え、注目の好打者であったが、選抜ではややアウトスイングなところをつかれ、相手バッテリーのインサイド攻めの前に3試合でヒットは2本に終わった。
コンパクトな打撃に変えて夏に臨んだが、宮城大会では並行するように、積極性も影を潜めた。宮城大会の打率は1割台と不振にあえぎ、佐々木順一郎監督から「そんなのはお前の打撃じゃないだろう!」と喝を入れられていた。熊谷の打撃が浦和学院・小島攻略のカギを握っていると言っても良かっただろう。
試合は1回表、いきなり不安視されていた仙台育英の主乱が出る。1アウトから2番服部がサードゴロを放つと、これをサードがとんでもない悪送球してしまい、ランナー2塁へ。すかさず選抜優勝の主将・山根が真ん中高めのストレートをタイムリー2塁打にして1点を先制する。
ところが、その裏、浦和学院・小島がよもやの立ち上がりとなる。仙台育英の先頭打者・熊谷は積極性を取り戻したか、インサイドに少し甘めに入ったストレートをコンパクトにライトへはじき返す。内のボールに対して右わきを締めてコンパクトに逆方向へ打ち返し、選抜からの成長を見せる。この打撃に動揺したか、小島は2四球、2暴投と埼玉大会の安定感が嘘のような投球で満塁とピンチを広げる。
ここでプロ注目の4番上林は三振に切って取るが、続く5番水間へのインサイドのストレートが死球となり、押し出しで同点となる。選抜、埼玉大会と投球の生命線だった内角速球がこの日はどうにもうまくはまらない。さらに6番小林、8番加藤にも押し出しの四球を与えた後、9番鈴木、1番熊谷にもタイムリーが飛びだしてこの回6失点。両チーム思いもよらない「6」がスコアボードに記された。
ところが、これが埼玉大会序盤に小島に「おんぶに抱っこ」だった浦和学院打線に火をつける。3回表、9番を打つ元気者の1年生津田が鈴木のストレートをレフトオーバーの2塁打にすると、さらにピンチが広がって1,2塁から2番服部がライトへのタイムリーでまず1点。これにまたしても外野の拙守が絡んでピンチを広げると、四球と暴投でもう1点が入る。
3点差となって試合がわからなくなると、ここから浦和学院の強力打線が完全に目を覚ました。なお1アウト2,3塁から5番木暮がストレートを完ぺきにとらえて左中間を破ると、7番西川もスライダーをとらえて左中間へのタイムリーとし、あっという間に同点に追いつく。試合後に仙台育英サイドが「振りの鋭さが尋常じゃない」と畏怖した打撃に選抜王者の意地が詰まっていた。
この後さらに小島、竹村のタイムリーも続き、この回一挙に8点を奪取。仙台育英は鈴木をあきらめて馬場をマウンドに送る。すると、わからないもので宮城大会で安定性を欠いた馬場が、登板直後こそ失点したものの、自慢の真っすぐを武器に立ち直る。小島も2回以降は落ち着きウィ取り戻し、このまま試合は進んでいくかと思われた。
しかし、初回の仙台育英の攻撃はボディーブローのように小島に効いていたか。5回で球数が100球付近となった小島に対して6回裏、7番馬場・8番加藤が連打でチャンスメーク。ここで1回だけで2安打をマークした1番熊谷の打球は右中間深い位置への飛球となるが、これをセンター山根がまさかの落球。2者が生還し、たちまち2点差になる。
チームの精神的支柱の失策はショックが大きかったか。しかも投手としては一番疲れを感じ始める時間帯である。ここを百戦錬磨の仙台育英打線が逃すはずもなく、2番菊名・3番長谷川の左の巧打者コンビがすかさずタイムリーとして、仙台育英が再び同点に追いつく。浦和学院にとっては初回の6点以上にショッキングな失点であった。
5回以降、仙台育英・馬場の球威の前に押され気味な浦和学院打線。こうなると後攻めの仙台育英打線が攻勢をかける。8回裏には1番熊谷から菊名、長谷川と3人で無死満塁のビッグチャンスをつかむ。ところが、この土壇場で小島が覚醒。4番上林をこの日3個目の三振に取ると、5番水間、6番小林も速球主体の投球で連続三振に切って取る。ここにきてまだこんな底力があるのか、と感嘆させられる投球であった。
だが、それでも限界は確実に忍び寄っていた。9回に入ってマウンドで足を延ばすしぐさが目立ち始める。球数も180球を超え、2アウトから代打・小野寺にヒットを許した所でついに森監督が降板を指示する。首を振って反対する小島だったが、将来を考えてストップさせる指揮官の決断に最後は小島の方が折れ、右腕・山口にマウンドを譲った。
前年の春夏に大阪桐蔭戦、天理戦と先発のマウンドに上がっており、経験は十分な山口。しかし、これだけの試合でこの場面から入っていけというのも酷だっただろう。打席にはこの日乗りに乗っている1番熊谷。山口の高めのストレートを痛烈にはじき返した打球がレフト線を転々と転がる間に、1塁ランナー小野寺が長駆生還。間一髪のタイミングでホームを陥れ、強豪同士の壮絶なナイトゲームが幕を閉じたのだった。
まとめ
仙台育英は続く2回戦で常総学院の好投手・飯田の前に、2番菊名のホームランによる1点のみに抑え込まれて敗退。大会No.1といってもいい総合力を誇る飯田の投球の前にさしもの仙台育英打線も及ばなかった。ただ、そうはいっても1回戦の浦和学院・小島攻略は本当に見事であり、1回戦の1試合のみながら強打を強烈に印象付けた試合となった。この試合をスタンドで観戦した平沢(ロッテ)、郡司(中日)らが2年後に全国準優勝を果たすこととなる。
大会No.1投手(2013年夏) 飯田晴海(常総学院) – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)
一方、浦和学院・小島にとってはかなり酷な試合となってしまった。外角に外れたらボールで済むアウトコースと違って、内にずれたら死球、外にずれたら痛打を食らうインサイドのボールはそれだけ諸刃の剣なのである。そのボールを操って浦和学院初の全国制覇を達成した小島の実力に疑いの余地はないが、ちょっとしたきっかけで狂いが生じ、試合の中で立て直しに苦労してしまった印象だった。
ただ、最後まで投げ抜こうとした姿勢は見事であり、2年生エースを助けようと挽回した上級生たちの打棒は本当に凄まじいものがあった。その後、最終学年では甲子園に行けなかったが、早稲田大学に進学後はエース格として活躍。現在は千葉ロッテマリーンズで未来の左腕エースになろうと、腕を振り続けている。
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