桐光学園vs常総学院 2012年夏

2012年

2年生左腕を追い詰めた常連校

2012年の甲子園は決勝カードが春夏連続で大坂桐蔭vs光星学院となり、この2校が抜けた存在で会ったのだが、こと夏の甲子園において、前半戦の主役と呼べる存在だったのが、桐光学園・松井裕樹(楽天)であった。

桐光学園・松井投手 写真特集:時事ドットコム

桐光学園は21世紀になってから、甲子園にたびたび姿を現すようになった新興勢力。野呂監督に率いられ、洗練された野球で瞬く間に神奈川の上位常連になったのだが、この年の出場はまた特別であった。というのも、1998年の松坂大輔を擁した横浜高校の春夏連覇以降、神奈川の代表校は「横浜高校」か「横浜高校を直接倒した高校」が出場する法則が成り立っていたのだが、桐光学園の出場したとき(2002年、2005年、2007年)は、反対の山で横浜が敗れ、桐光学園が出場する形となっていたのだ。そのため、桐光学園が出場した際も、「横浜が負けてくれたから」と口の悪いファンが言うケースもあった。逆に言えば、それだけ対横浜高校を苦手としていたのだ。

しかし、2012年夏は、前年夏の横浜との決勝戦でのサヨナラ負けを経験したメンバーが残り、2年生エース松井を擁して、雪辱を晴らす戦力が整っていた。松井だけでなく、主軸を打つ植草・水海など2年生が多いチームだったが、その脇を女房役の宇川、主将の田中、核弾頭・鈴木といった頼れる3年生が脇で支え、神奈川大会を着実に勝ち上がっていった。そして、迎えた神奈川の準々決勝では、横浜とのリベンジマッチに。好投手・柳(中日)を終盤に打線が攻略し、松井が横浜の反撃をしのいで4-3と勝利!見事リベンジを達成し、勢いそのままに優勝を飾った。出場4回目にして初めて、横浜高校を下しての甲子園出場を成し遂げたのだ。

そして、甲子園初戦、それまで好投手の一人という位置づけだった松井裕樹が一躍脚光を浴びることとなる。四国の強豪・今治西を相手に松井のスライダーが猛威を振るい、なんと1試合22奪三振の大会新記録を達成。前人未到の数字もさることながら、およそ高校生では打てないのではないかと言われた、そのスライダーの威力は高校野球関係者を絶句させた。このボールを一体どこのチームが攻略するのか、大会の焦点はその1点に絞られつつあった。

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その桐光学園と2回戦で対戦することになったのが、茨城・常総学院。泣く子も黙る関東の強豪、名門校である。名将・木内監督に率いられ、創部間もないころから甲子園で上位常連となったチームは、2001年選抜・2003年夏と2度にわたって全国制覇を達成。「柔よく剛を制す」チームカラーで、相手の特徴を見極めて、その良さを消し、気づけば自分たちのペースに引き込むという試合巧者ぶりは際立っていた。

ところが、木内監督が勇退すると、甲子園には出場するものの、なかなか勝てない時期が続いてしまう。同じく名将の持丸監督が就任したが、2006年は今治西の猛打に屈し、2007年は京都外大西との投手戦の末に惜敗。2008年からは再び、木内監督が就任するも、同年は関東一に、2009年は九州国際大付の前に力負けする格好となった。印象として、2000年代中盤以降、急速に投打ともパワーアップした高校球界の流れを前に、「うまく相手の力をいなす」常総の野球が通用しきれなくなっている感は否めなかった。

常総学院は2011年夏をもって木内監督が2度目の勇退(ちなみにこの年もかなり力のあるチームであった)。2012年から取手二時代の教え子で優勝メンバーの佐々木力監督が就任した。木内監督時代の良さを継承しながら改革に着手したチームは、4番捕手の杉本を中心に総合力の高さを見せ、3年ぶりに茨城大会を制覇。豊富な投手陣と2年生の好打者の高島、内田(楽天)を中心とした打線がかみ合い、強い常総が戻ってきたと感じさせた。初戦は大分・杵築に対して、大量14点を奪い、4投手の完封リレーで大勝。順調に2回戦へコマを進めてきた。

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下級生エースを援護した、キャプテンの活躍

2012年選手権2回戦

常総学院

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 0 0 0 0 2 0 3 0 5
0 1 2 0 2 2 0 0 × 7

桐光学園

 

常総学院  菅原→伊藤→飯田

桐光学園  松井

関東勢同士のマッチアップとなった好カード。焦点はもちろん、「松井裕樹を常総打線がどう打つか」であった。しかし、試合が始めると活発だったのは、桐光学園打線であった。

松井裕樹は初回から140キロ台中盤の伸びのある速球と曲がりの大きいスライダーが威力を発揮し、常総打線を翻弄。1回から3回まで常総の攻撃を9人で片付け、7三振を奪うという快刀乱麻の投球を見せる。初戦の22三振を受けて、「本物なのか?」と懐疑的な目を向けていた野球関係者も完全にその実力を認めざるを得ないピッチングである。

エースの投球でリズムを得た桐光学園打線は、2回に相手の守備のほころびに付け込んで先制点を挙げると、ここから主将・田中が大活躍を見せる。3回裏に右中間にタイムリー3塁打を放って追加点を挙げると、5回裏にも、今度は2点タイムリーで、2安打3打点とチームを牽引。下級生主体と言われてきた中で、最上級生キャプテンが存在感を放った。

これに対し、序盤真っすぐ狙いで松井攻略にかかるも、どうしてもボールになるスライダーに手が出てしまう常総学院。見極めようとするのだが、桐光の正捕手・宇川も常総の打者が振りやすそうな高さに松井のスライダーを要求。4回に3番内田に初ヒットが出たものの、5回を終了して1安打で毎回の10三振を喫する。ここまでは完全に桐光学園のペースで試合が進行する。

しかし、同じ関東のライバルとしてこのまま引き下がるわけにはいかない常総が、グラウンド整備を終えた6回に牙をむく。9番伊藤が四球を選ぶと、犠打で二進。ここで2年生ながらチーム随一の打撃技術を持つ2番高島がアウトコースの速球を完ぺきにとらえる。左打席から流し打った打球は左中間を真っ二つに破るタイムリー3塁打となり、松井に今大会初の失点をつける。さらに、3番内田の打席で暴投が飛び出し、この回2点目。試合の行方が分からなくなってくる。

ただ、この直後の守りで、常総学院もエース菅原が捕まってしまう。1番鈴木、2番宇川の上級生コンビが連打を放つと、犠打で2,3塁となって失策と犠飛で2点を献上。この日の常総は継投でうまく相手をかわし切れなかったこともあるが、2つの失策や四死球などミスを着実に得点に結びつけた桐光打線のうまさが一枚上手であった。しかし、常総も3番手の飯田が落ち着いた投球で試合を締め、その後はなんとか無失点でしのぐ。

2-7と5点のビハインドを背負った常総。得点を挙げたとはいえ、このままでは松井攻略とは呼べない。意地を見せたい8回表、再度、桐光の若き左腕に襲い掛かった。

先頭の8番田山はこの日15個目となる三振を奪われて1アウトとなるも、9番伊藤がラッキーな内野安打で出塁。1番大崎が四球でつなぐと、2アウト2,3塁となって、打席には3番内田が入る。チーム一のパワーを誇る2年生の3番打者は、試合前の松井裕樹対策の通り、「打席の一番後ろに立ち、前に出ながら変化球の曲がりっぱなを叩く」打撃を実践。これがセンターへ抜ける2点タイムリーとなり、4点目を挙げる。さらに続く4番杉本も間髪入れずに速球を今度は左中間にはじき返し、送球間に2塁に進んでいた内田が生還。常総の力を見せつける攻撃で松井裕樹に5失点をつけた。

ただ、やはり前半に背負ったビハインドが大きすぎたか、最終回はフルスロットルで投げる松井裕樹に2三振を喫して試合終了。互いの良さが充分に出た関東対決を制し、桐光学園が3回戦へ進出した。

 

桐光学園はその後、3回戦で浦添商も4-1と撃破。ノーステップ打法で挑んできた相手を打たせて取る投球でかわし、春夏通算5度目の出場で初めて8強まで進出した。準々決勝では田村(ロッテ)、北條(阪神)を擁する光星学院を前に散ったが、今大会4試合で68奪三振と圧倒的な成績を残した松井裕樹は一躍スターダムにのし上がった。今や楽天イーグルスの押しも押されぬストッパーとなったのは周知の事実だが、やはり原点は、あの2012年に数々のジンクスを打ち破って甲子園ベスト8までたどり着いたチームなのは間違いないだろう。

一方、常総学院も敗れはしたものの、そして19三振を喫しはしたものの、今大会松井裕樹から最も多くの得点を挙げた攻撃は見事であった。前半戦は苦戦したが、後半は積み上げてきた対策が実を結び、5点を奪取。ここ数年苦戦していたイメージを吹き飛ばす活躍を見せた。翌年には、この2012年夏を経験した高島、内田(楽天)、エース飯田を中心に8強に進出。2016年にも好左腕・鈴木(ロッテ)を擁して再び8強入りと、完全復活を成し遂げた。その後、昨年の明秀日立や今年の土浦日大のように、その他の勢力も台頭して、茨城の高校球界がさらに活性化されてきており、再びその強さを取り戻しつつある。

桐光学園 松井裕樹投手・19K(常総学院戦・第94回選手権) – YouTube

 

 

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