東海大相模vs智辯和歌山 2000年選抜

2000年

ハイレベルな投打の対決となったミレニアム決勝戦

開幕戦で近畿王者の育英が国学院栃木の機動力に屈して敗退し、幕を開けた2000年選抜。好投手・亀井(巨人)を擁する上宮太子や神宮王者の四日市工など、その他の有力候補もベスト8を前に姿を消す波乱の大会となった。

そんな中、決勝に勝ち上がったのは関東No.1右腕を擁す東海大相模と記録的な猛打で快進撃を続ける智辯和歌山の2校だった。

東海大相模は前年秋の関東大会で就任1年目の若い門馬監督の指揮のもと、関東大会を制覇。エース筑川は細身の体からキレのある速球とスライダーを低めに集め、関東3羽ガラスと謳われた、春日部共栄・中里(中日)、桐生第一・一場(楽天)との直接対決を制して優勝まで一気に駆け上がった。ただ打線は機動力豊かではあるが、絶対的な主軸が決まっていないことが課題であった。

ところが、V候補の一角として迎えた選抜本戦では、4番に据えた今森が先制3ランを放つ活躍を見せる。エース筑川が13安打を浴びて終盤に5点差を追いつかれるも、最後は今治西の2年生エース・堀元の暴投でサヨナラ勝ち。苦しい試合をものにすると同時に頼れる主砲も手にした。

続く2回戦では好投手・山脇を擁する東洋大姫路が相手だったが、この試合でも4番今森が先制2ランを放つ活躍を見せる。筑川は東洋大姫路の2番米丸、3番鈴木、4番金谷の3人に計7安打を浴びるも、その他の打者には1安打しか許さず、2失点で完投勝利。1,2戦と西日本の強豪に競り勝ち、苦しいブロックを勝ち抜けた。

これで勢いに乗った相模は準々決勝以降は打線が爆発。1番楢原、2番瀬戸、3番村山の機動力に今森という主軸も固まってことで得点パターンを確立。下位打線も6番寺井が作新学院戦で一発を放つなど、破壊力は増すばかりであった。

準決勝では鳥羽の谷口-近澤(近鉄)のバッテリーを足攻めで翻弄。鳥羽サイドがカルチャーショックを受けるほどの圧力をかけ、11-1と大勝で決勝進出を決めた。筑川もこの日は途中で後続にマウンドを譲り、余裕を持ってファイナルの舞台を迎えることとなった。

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一方、智辯和歌山は前年夏に甲子園で4強入り。池辺、堤野、武内(ヤクルト)と主力野手が残ったチームへの期待は高かった。ところが、旧チームが同年に行われた熊本国体に優勝したことで、その2日後に近畿大会初戦を戦うという強行日程になってしまう。東洋大姫路の山脇の前に自慢の打線が湿り、1-3と敗退。選抜出場は絶望的かと思われた。

ところが、日程面の不利さと武内・池辺・後藤の中軸を中心とした打線の破壊力が評価され、なんと近畿大会初戦敗退ながら逆転で選出決定する。この選考には出場が決まってうれしいはずの高嶋監督も「高野連の顔をつぶさないためにも頑張らなくては」とかえってプレッシャーがかかっていたようだ。

しかし、選考委員の目に狂いはなく、甲子園ではいきなり智辯の強打が爆発する。1回戦の丸亀戦で24安打20得点の猛打を見せて、他の出場校を震撼させると、2回戦では大会屈指の好左腕である国士舘・小島(広島)から8回に一挙8点を奪う猛攻で逆転勝ち。一度火が付くと止まらない智辯打線の恐ろしさを見せた。

ただ、大会前から懸念されていた投手力は、1,2回戦で計14失点とやはり安定しなかった。左腕・白野、2年生右腕・中家、主にリリーフで登板する山野と枚数は揃っているが、如何せん柱となる存在がいなかった。そんな状況下で、準々決勝はまたしても好投手・香月(近鉄)を擁する柳川と対戦する。いかに前の試合で小島を打ち込んだと言っても、次はそうそう点が取れないだろうと思われた。

ところが、その準々決勝で左腕・白野が一世一代の好投を演じる。松尾・永瀬らの中軸を中心に九州一の打線と謳われた柳川の強力打線をわずか4安打で完封。武内のタイムリーで挙げて虎の子の1点を守り切り、4強へとコマを進めた。勝利したこと以上に大会の中で柱となる存在が見つかったことが非常に大きかった。

準決勝では2年生右腕・中家が完投して、国学院栃木に10-2と圧勝。白野を温存することができ、満を持して決勝の舞台にぶつけることができた。

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智辯和歌山vs国士館 2000年選抜 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

3度目の正直でつかんだ悲願の初優勝

2000年選抜決勝

智辯和歌山

1 2 3 4 5 6 7 8 9
0 1 0 0 0 1 0 0 0 2
1 1 0 0 0 0 0 2 × 4

東海大相模

 

智辯和歌山  白野

東海大相模  筑川

戦前は「ディフェンスと機動力に定評のある東海大相模」vs「屈指の長打力を誇る智辯和歌山」という構図であった。予想は新聞記者の間でも真っ二つに割れ、がっぷり四つの戦いが予想された。

東海大相模の先発はもちろんエース筑川。立ち上がり、簡単に2アウトを取るが、3番武内にショート強襲のヒットを浴びると、続く4番池辺には甘く入ったスライダーをライト線に運ばれる。1塁ランナーの武内はホームを狙うが、スタートがやや甘く、コーチャーに止められてホームを突き切れない。相模の正確な中継プレーも光り、後続の5番後藤を外野スライダーで打ち取って難を逃れる。

ピンチの後にチャンスありとはよく言ったもの。その裏、相模打線が智辯の左腕・白野をとらえる。四球で出た2番瀬戸を犠打で送ると、ここまで打率5割で実に12打点を挙げている4番今森が白野のうちに入ってくるボールを逆らわずにライトへ返して1点を先制する。これで4試合目となる先制点をたたき出した今森。実に頼りになる4番である。

しかし、強打の智辯和歌山も取られて黙っているわけがない。直後の2回表、2年生ながら柔らかい打撃の光る7番井口が2塁打で出塁すると、2アウト3塁となって9番白野が自らタイムリーを放ち、同点に追いつく。1番から9番までまるで切れ目のない打線の前に、さしもの筑川もこの日は序盤から苦しい投球となる。

だが、苦しむエースを助けんと相模打線が奮起。2回裏、先頭の5番石井が四球で出ると、またしても犠打で2塁へ。盗塁、エンドランなど多彩な攻めを見せる相模打線だが、この日は手堅さが際立つ。当たっている7番寺井がアウトコース寄りの真っすぐを基本に忠実にセンターに返し、再び1点を勝ち越す。

その後は、両投手の投げ合いによる投手戦となる。筑川はそれまでの4試合、低めに伸びる速球と切れ味抜群のスライダーを武器に三振と内野ゴロの山を築いてきた。しかし、この日は疲労の蓄積ももちろんあったが、智辯打線のパワフルな打撃の前に何度となく、打球は外野深くまで運ばれる。

それでも、内外野の守備陣が懸命の守りで傷だらけのエースを支え失点を許さない。3回表、智辯和歌山は再び1塁ランナーに武内をおいて、5番後藤がセンターがセンターフェンス直撃の2塁打を放つが、相模の完ぺきな中継プレーの前にまたしてもホームが奪えない。智辯和歌山にとっては2度得点のチャンスがありながら相模の守備陣に阻まれる結果となった。

一方、智辯和歌山のディフェンス陣も負けてはいない。立ち上がりからやや不安定な白野が先頭の楢原をヒットで出すと、ここで2番瀬戸にエンドランを敢行。門馬監督は1,2回とは一転して強気の攻めに出る。しかし、この打球にセカンド堤野は一瞬逆を突かれながらも、懸命の踏ん張りで打球を処理し、1アウトに。さらに3塁を狙った楢原をファースト武内が見事な送球で刺し、一気に2つのアウトをもぎ取った。

互いにハイレベルな守りを見せる中、4回以降白野は持ち味のコントロールが蘇り、相模打線を鎮火させていく。一方、毎回のようにランナーを出す筑川は苦しさを増し、6回表にはこの日好調な7番井口のタイムリーで同点に追いつかれる。それでも懸命に腕を振る筑川をバックはさらなる好守で援護。7回表には4番池辺の右中間を破らんとするあたりをセンター寺井がすんでのところでランニングキャッチし、前には出させない。

こうなると、野球の神様は耐え忍んできた相模に微笑み始める。8回裏、ヒットで出た8番松崎をまたも犠打で送ると、1番楢原は白野の真っすぐに詰まりながらもレフトへ落とし、松崎が生還。1点を勝ち越すと、続くチャンスで3番村山の打球をショート小関が痛恨の悪送球し、あまりにも大きな「2」がスコアボードに刻まれた。白野は4回以降、完ぺきな投球を見せていたが、さすがにこの回は疲れがでてしまったようだ。

それでも、最終回、強打の智辯和歌山が底力を見せる。2アウトとなって優勝まで後一人と迫るが、先ほどタイムリーエラーの1番小関がストレートに差し込まれながらも意地でライト前に落として出塁。さらに続く2番堤野は初球のスライダーがやや甘くなるのを逃さず、痛烈にセンターに返し、最後まで筑川を苦しめる。

打席にはここまでの大会で強打を存分に見せてきた3番武内。4番池辺に回したい武内だったが、焦る気持ちを見透かしたか、相模バッテリーは高めのボールになる速球を要求する。余力を振り絞って投じた快速球の前に武内のバッテリーはあえなく空を切り、三振でゲームセット。東海大相模が、原辰徳(巨人)でもエース小川(近鉄)でも果たせなかった優勝を3度目の挑戦でついにものにし、20世紀最後の選抜王者に輝いた。

まとめ

東海大相模はこれまでどちらかといえば、豪打を武器に勝ち上がることが多かったが、門馬監督のもと、守備・機動力・小技に力を入れ、優勝への活路を見出した。最初は打撃練習が減ったことで不満を抱いた選手たちも、結果が残るとともに、徐々に新監督のスタイルに従うようになった。

そして、なんといっても優勝の立役者はエース筑川だろう。細身の体のどこにそんなスタミナが詰まっているのか、決勝では実に11安打を浴びながらもバックの堅守に支えられて最後までマウンドを守り抜いた。伝説的な強打を誇ったこの年の智辯和歌山に唯一甲子園で勝利を挙げた相模のエースは、満天の笑顔で甲子園の空に両手を突き上げ、凱歌を上げた。

’00選抜甲子園 東海大相模vs智弁和歌山 – YouTube

一方、敗れた智辯和歌山だったが、大会前にプレッシャーに感じていた選考委員の期待を大きく上回る結果を残した。まだ、守りには不安がある中での戦いとなったが、それを補って余りある打棒の数々には本当に驚愕させられた。特に武内、池辺、後藤、山野とつながる中軸は常に一発を警戒しなくてはならず、相手投手にとってはひとたまりもない打線だっただろう。

その後、夏にも連続出場を果たした智辯和歌山は中京大中京・PL学園・柳川と強豪対決を次々に制す。決勝では春と同じ「TOKAI」系列の東海大浦安をお家芸の「8回逆転勝ち」で下し、3年ぶり2度目の優勝を達成。1大会11ホームラン、1大会100安打と、記録にも記憶にも残る豪打を残した智辯和歌山は、今も「強打」のブランドをほしいままにし、高校球界に君臨している。

智辯和歌山vsPL学園 2000年夏 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

智辯和歌山vs柳川 2000年夏 – 世界一の甲子園ブログ (kosien.jp)

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