1970年代後半から1980年代後半にかけて好投手を数多く輩出し、出場すればほぼベスト8近くまで勝ち上がるという黄金時代を築いた高知商。その流れの先鋒を切ったのが1978年夏の2年生エース森浩二(阪急)だった。決勝でPL学園に逆転サヨナラ負けを喫して、奇跡のPLの引き立て役になってしまったが、2年生ながらチームを決勝の舞台まで引き上げた、紛れもない高知商の大エースであった。
2回戦の倉吉北戦こそ打ち込まれたものの、その後は仙台育英、報徳学園、岡山東商を相手にすべて好投を見せ、特に準決勝の岡山東商では8安打ながらも無四球完封でシャットアウト勝ちを収めた。左スリークオーターから繰り出す切れのあるボールを武器に、各打者のインサイドを強気に突く投球が光った。2年生ながら、この大会に出場した投手の中でも屈指の存在感を放った。
余談だが、投手王国として知られた高知商を指揮した谷脇監督だったが、高知県内で有望な中学生をスカウトする時に定めていた基準は「1-0で勝つ試合を経験している投手」であった。まだ打撃優位の時代になる前の話かもしれないが、エースには1点もらったらそれを守り切って勝つだけの気概を求めていたということだろう。そんな気概を持った投手の一人が、この年のエースの森浩二であった。
【PLまたも劇的逆転で初優勝さらう】1978 60回大会 決勝 PL学園 vs 高知商 昭和53年【奇跡再び再び】 – YouTube
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